第32話 同じ半妖なのに

  晴明の術により、霊魂だけの姿になった友星は、街の破壊を続ける黒城の元へと向かっていた。

 一体どういう奴なのか。この目で確かめなければならない。

 同じ半妖として戦うしか出来ないのか。

 どうして破壊するのか。

 色々と知りたいことがある。

 それが狐者異の血を引くせいだというが、友星はツクヨミとは全く違う。どうにかならないのかとも思っていた。

「おっと」

 莉空なしで空を飛ぶのは初めてだが、屋根をぴょんぴょんと踏みながら、黒城の姿を探した。月面を移動するみたいになっているが仕方ない。

 イケメンで人間っぽい奴。その特徴を頼りに探す。

「いいか。近づきすぎるなよ」

 すぐ傍から晴明の声が聞こえるが、これは屋敷で寝ている本体に向けて語られている言葉だ。実際に晴明が横にいるわけではない。そんな不思議な感覚にも驚くが、ともかく集中。

「あっちか」

 注意に耳を傾けつつも、友星は黒城のいる方向を目指す。どんよりと淀んだ空気が、霊魂だけになった身体に纏わり付く。それは確実に陰の気だった。

「気持ち悪い」

「気をつけろよ。今のお前はダイレクトに影響を食らうぞ」

 霊魂だけとなった今、そういう気の動きに干渉されやすいのだという。

 空を飛べるので探すのは簡単になるが、危険も倍増している状態だ。だから、近づきすぎるなという注意は当然。しかし、友星としてはその顔を拝まなければ気が済まないところだ。

「黒城、か」

 祖父の仇であり、この街を破壊しようとする許せない相手。

 しかし、半妖という自分と同じ立場でありながら、すでに妖怪としての概念に囚われてしまった相手。

 何だかそれは、悲しい気がする。

「複雑すぎるんだよ」

 友星はちっと舌打ちしてしまう。

 黒城には人間としての能力も残っている。では、黒城は人間として生きたことはあるのか。

 ひょっとしたら、彼は一度たりとも人間として生きたことはないのかもしれない。半妖でありながら、彼は生まれながらに妖怪だったのではないか。

 だから妖怪の概念に捕まり、こうやって破壊することしか出来ないのではないか。

「――」

 なんで、憎むべき相手にこんなことを考えてしまうのだろう。

 それはおそらく、自分には晴明やツクヨミ、それに泰斗や莉空という理解者がいるためだ。そして、多分だが黒城にはそういう存在がいない。

 味方になってくれたのは、あの縊鬼だけ。そんな状態だったからこそ、彼は完全に狐者異なのではないか。

「あっ」

 つらつらと色んなことを考えながら駆けていたら、いつの間にか陰の気のただ中にいた。

 ぬめっと、どろっとした感触が身体を包む。それは明らかに恨みの念だった。

「っつ」

 息をするのも苦しい。そんな状況に顔を顰めつつ、友星は黒城の姿を探した。

 これが黒城の放つものだとすれば、やっぱり孤独の中にいたのではないだろうか。そんな思いが強くなる。

 そう、こうやって気をダイレクトに感じるからこそ、あれこれ考えてしまうのだ。

「あれは」

 遠くに、その姿を捉えた。隠れていたのだろう豆腐小僧の首を掴む、真っ黒なスーツ姿の男。その男は容赦なく、豆腐小僧の首をぎりぎりと締め上げている。そこには一層濃い陰の気が溜まっていた。

「善意の塊か。憎いガキだ」

 そして聞こえてくる、黒城の憎悪の言葉。目の前の豆腐小僧を本気で憎む、その剥き出しの感情。

 豆腐小僧は苦しそうな顔をしているが、それでも必死に豆腐の載ったざるを握っていた。

「まさか」

 黒城が豆腐小僧を恨む理由。

 ひょっとして、豆腐小僧はいつものように、豆腐を配ろうとしたのではないか。友星に豆腐を渡そうとしたように、黒城に対しても同じように渡そうとしたのでは。

 それが、なぜか黒城の逆鱗に触れてしまった。

「やめろっ」

 止めなければ、そう思うのに身体が竦んで動けない。まるで自分に向けられているかのような憎悪に足を取られ、一歩もその場から動けない。声も震えていて、全く黒城に届いていない。

「食うのも嫌になる存在だ。消し去ってやる」

 黒城が手に力を込めて豆腐小僧を締め上げる。豆腐小僧の顔が、みるみる青くなっていく。ついにざるから豆腐が零れそうになっている。

 ヤバい。このままでは絞め殺されてしまう。

「っつ」

 もう二度と、誰かが殺されるのは嫌だ。

 そう思ったら、あれほど動かなかった足が動いた。助けなければ。その一心だけで突進していく。

「おおおっ!!」

「!?」

 唐突な雄叫びと気の爆発に、黒城が振り返る。そして、豆腐小僧を空中に手放してさっと避けた。

「――」

 どんっと、大きな音がする。それと同時に無事に豆腐小僧をキャッチし地面に着地した友星は、豆腐小僧が息をしているのを確認してほっとする。

 が、安心している場合ではない。ばっと顔を上げ、そして初めて見た黒城に驚いてしまう。

 こんな美形、本当に存在するのか。父であるツクヨミよりも作り物めいた美形だ。

 まるで人形のよう。そんな言葉がぴったりと当てはまるほど、綺麗すぎる顔をしている。

「貴様が噂の半妖か」

 が、ぎっと睨まれたところで拙いと気付く。

 出会えたのはよかったが、まさかの敵の目の前。しかも相手は闘争心を隠すことなく睨んできている。いきなりの絶体絶命だった。

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