第13話 あいつの口癖
投球練習を終えた大智は自身が投げやすいようにマウンドの土をスパイクで削っている。
大智が投球練習を終えたのを見て、右のバッターボックスに入った上田も自身が打ちやすくなるよう、足下の土を削っていた。
「準備はいいか?」
足場を整え終えた大智が上田に声をかける。
「あぁ、いいぜ。いつでもこいよ」
上田は大智に睨みを効かせながらバットを構えた。
大智は上田の返事を聞くと、フッと一瞬だけ笑顔を浮かべ、大森とのサイン交換に入った。
サイン交換を終えた大智が投球モーションに入る。
「いい構えだ」
大智はそう呟きながら、一球目を投じた。
「なっ!」
大智が投げた球を見た上田が声を漏らす。
大智が投じた球は真っすぐ大森のミットに収まった。
大智の球を見送った上田は目を丸くして驚き、バットを構えたそのままの状態で固まっていた。
「ストライクだぜ」
大森は大智にボールを返球しながら、固まったままの上田に声をかけた。
「何故だ……」
上田がぼそりと呟く。
「あん?」
「何でこんな球を投げる奴がこんな学校にいる」
固まったままだった上田はようやく動き出し、キャッチャーボックスで屈もうとしていた大森の方に振り返って言った。
「バカだからだよ」
大森は上田に声をかけられても動きを止めることなくそのままその場に屈み、マウンドの大智を見ながら上田の問いに答えた。
「なにっ?」
上田が眉をひそめる。
「次、来るぜ」
大森は上田ではなくマウンドの大智を見ながら言った。
大森にそう言われた上田はマウンドの大智へと視線を戻した。
大智は既に次の球を投げるモーションに入っていた。
大智が二球目を投げる。
上田がそのボールを打ちにいく。
大智が投げた球は上田のバットの上を通り抜け、大森のミット届いた。
「くっ」
振ったバットが空を切った上田は悔しそうな表情を浮かべていた。
「ただの野球好きの野球バカなんだよ」
大森がボールを捕った状態のままで上田に言う。
「は?」
上田は首を傾げた。
大森は大智にボールを返球すると上田と向き合った。
「これだけの球を投げるわけだから強豪校からの誘いはもちろんあったんだ。けど、もとから強いチームに入って勝っても面白くない。負けると思われているチームが、勝って当然だと思われているチームに勝つ方が断然面白いだろって言って、強豪校からの誘いはことごとく断りやがったんだよ。あいつは」
「そいつは確かにバカだな」
上田はフッと笑みを浮かべた。
「だろ? ま、理由はそれだけじゃないけどな」
「他にもあるのか?」
「あいつは地元が大好きなんだよ。だから今この辺りの町に活気がないのが嫌なんだと。千町に行って千町を甲子園に連れて行く。俺が町に希望を与えて、町に活気を取り戻す。昔からのあいつの口癖さ」
話をしながらキャッチャーボックスに戻っていた大森は、話を終えるとマスク越しに上田の顔を見て一笑した。
「なるほど。ただの野球バカってわけでもなさそうだな」
上田がマウンド上の大智に目を向けて言う。
その顔には穏やかさが混ざっていた。
「いや。ただの野球バカだよ。マウンドにいる時はな。今のあいつはお前から空振りを取ることしか考えてねぇよ」
「そうみたいだな」
上田はマウンドの大智を見て一瞬だけ微笑みを浮かべると、キリッとした目つきに戻って、バットを構えた。
上田が自分に注意を向け直したことを確認した大智はゆったりとしたフォームから三球目を投げた。
(ど真ん中!)
大智の投げた球を見た上田は心の中で叫びながら打ちにいった。
だが、ボールはまたしても上田のバットの上を通り抜ける。
大森のミットからは乾いた革の音が響き渡った。
上田はバットを振り終えたままバッターボックスで固まっていた。
「チッ」
上田が舌を鳴らして動き出す。
バッターボックスを出た上田はバットとヘルメットを元の位置へと返し、自身の鞄が置いてある一塁側のベンチへと向かった。
「おい!」
上田の行動を見た大智が慌てて上田の許へと駆け寄る。
「何時からだ」
上田は駆け寄って来た大智に体の横側を向けた状態で訊いた。
「は?」
大智は首を傾げながら訊き返した。
「明日は何時からだって訊いてんだよ」
上田が大智の方に振り向きながら訊く。
訊かれた大智は笑顔を浮かべていた。
「八時半からだ。遅れるなよ」
上田は笑顔の大智からそう聞くと、フッと笑ってその場を後にした。
翌日。
「春野くん、その人は?」
集まっている五人の先輩を代表して小林が訊いた。
「紹介します。新入部員の……。ええっと……。そう言えば名前訊いてなかった」
大智はそう言うと頭を掻きながら照れ笑いを浮かべていた。
そんな大智の姿を見た五人の先輩はお笑い芸人の如くズッコケた。
「そういや、俺もお前らの名前知らねぇな」
上田が大智に向かって言う。
「潮窓中出身の春野大智だ」
「なにっ!?」
「同じく潮窓中出身の大森哲也だ。よろしく」
「なるほど。道理であんなスピードもノビもある球を投げるわけだ」
上田は納得した表情をいていた。
そして、五人の先輩の方に向き直ると姿勢を正してから話し始めた。
「旭南中出身、上田刀磨です。中学時代は三番でピッチャーをしていました。今は怪我をして塁間を投げるのもやっとの状態で皆さんに迷惑をかけるかもしれませんがやるからにはチームの力になれるよう精一杯やりますので、どうかよろしくお願いします」
上田は挨拶を終えると深々と頭を下げた。
するとキャプテンの小林が上田の前まで出てきた。
それを感じた上田は下げていた頭を上げた。
「ようこそ千町高校野球部へ。上田君みたいな力のある人が来てくれて俺たちも嬉しいよ。俺たちの方こそ下手くそで迷惑をかけてしまうかもしれないけど、一緒に頑張ろう」
小林はそう言うと、上田の前に右手を差し伸べた。
「……はい」
上田は小林の手をギュッと握り締めた。
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