第24話 敬遠でもいいか?

 大智の放った打球が左中間を破って行く。

 大智は悠々と二塁に到達すると、自軍のベンチに向けて軽くガッツポーズをした。

 千町高校のベンチでは大智と同じようにガッツポーズをする者がいたり、手を口元に持って来て大声で大智に賛辞の声をかける者もいたりと、大いに盛り上がりをみせていた。

 四番の大森が打席に立つ。

 大智の二塁打に盛り上がりを見せていた千町高校ナイン声の対象は打席に立つ大森に変わった。

 千町高校ベンチからは大森への激励の声が飛び交っている。

 二ボール一ストライクからの四球目。

 外よりの球を大森は強引に引っ張りにかかった。

 ボールは転がりながら一、二塁間を抜けて行く。

 打った瞬間にスタートを切っていた大智は三塁を蹴ってそのままホームへと向かった。

 一、二塁間を抜けた打球をライトの剣都が前進しながら捕球する。剣都はボールを掴むと素早く右手に持ち替え、ホームへと送球した。矢のような送球がキャッチャー目がけて真っすぐ進んで行く。

 三塁を回っていた大智がホームへと還って来る。

 剣都からの送球もキャッチャーの許へと還って来た。

 剣都がホームへと滑り込む。

 それと同時に剣都からの送球を捕ったキャッチャーが大智の足にタッチする。

 球場は静まり、審判の判定を待った。

「アウト!」

 審判の握った右手が上がり、高らかなコールが響き渡る。

 アウトの判定を受けた大智はユニホームに付いた土を払い落しながら自軍のベンチへと戻って行った。

「惜しかったね」

 ベンチに戻ってきた大智に愛莉が声をかける。

「たくっ。さっきのホームランといい、今のバックホームといい、緊張という言葉を知らんのか、奴は」

 既にライトの定位置に戻って、次のプレーに備えている剣都を大智は顔をしかめて見ていた。

「そういえば、剣都が野球で緊張してるところって見た事ないかも」

 愛莉が思い立ったように言う。

「あいつは昔から飛び抜けて上手かったからな」

「センスの塊みたいなものだったよね」

「あぁ。でもってそんなやつが誰よりも努力するんだからな。プレッシャー以上に自信があるんだろう」

「そうかもね……」

 大智と愛莉がそんな会話しているうちに、五番の小林はセカンドゴロに倒れていた。

 愛莉と会話をしながらもそれを見ていた大智は、グラブを持って椅子から立ち上がった。

「ま、だからと言ってこっちも負けるわけにはいかないけどな」

 椅子から立ち上がった大智は愛莉の方に振り返ると、ふっと笑みを浮かべてからベンチから出て行った。

「頑張れ。負けるな」

 愛莉は小声でそう呟きながら、大智の背中を見送った。


 二、三回はどちらのチームもランナーを許すことなく三者凡退に終わった。

 試合は四回の表、港東高校二番からの攻撃。剣都との二回目の対決を迎えていた。

「とりあえずホームラン以外ならなんでもOKだからな」

 守備に就く前に大森はマウンドに言って大智に声をかけた。

「敬遠でもいいか?」

 大智が真顔になって言う。

「お前がそれでいいんならな」

 大森も真顔で言い返した。

 それを聞いた大智は大森から顔を背ける。

「んにゃ。それだけは絶対にしねぇ」

「じゃあ嘘でもそんなこと言うんじゃねぇよ」

 大森はホームの方に振り返り、大智に背中を向けて言った。

「へ~い」

 大智は帽子を深く被り直しながら返事を返した。


 四回の表。

 先頭バッターの剣都が打席に入る。

 一打席目に放ったホームランの期待感からか、スタンドからの応援が他の選手の時よりも大きくなっている。

(今回はそう簡単には打たせねぇ、ぜ)

 大智が一球目を投じる。

 剣都はそのボールを見送った。

 コースは外角低めいっぱい。

「ストライク」

 審判がコールする。

 二球目は同じく外角のストレート。

 しかし、初球よりも僅かに外れてボール。

 三球目。外へのスライダー。

 剣都のバットがボールを捉える。

 ボールは一塁側スタンドへと飛んで行った。

 ファールボール。

 一ボール、二ストライク。

 カウントでは大智が剣都を追い込む形となった。

 しかし、剣都はなかなか打ち取れない。

 剣都は大智が投げる球を次々とファールにしていった。

 厳しいコースに投げたストレートも、タイミングを外そうと投げた変化球も、ことごとくファールにされた。

 次第に大智と大森は精神的に追い込まれていった。

「なるほど。真向勝負して来ないなら、するように仕向けるまでってか?」

 悠然とした様子でバッターボックスに立っている剣都を見つめながら大智が呟く。

 大智は大森からのサインを確認する。

 大森からのサインはストレート。

 そして首を縦に動かした。

 それを見た大智もゆっくりと首を縦に一度動かした。

 振りかぶった腕の間から覗く大智の顔つきが変わる。

 大智は渾身のストレートを投げ込んだ。

 だが、剣都は待ってましたと言わんばかりのタイミングでバットを振りにかかる。

 剣都のバットが大智の渾身のストレートを捉える。

 鋭い金属音と共に、地を這うような打球がショートの正面へと転がっていく。

 ほぼショートの定位置。難波がグラブを構える。

 しかし……。

「なっ!」

 見たこともない打球の速さに難波はボールを弾いてしまう。

 難波は急いでボールを拾いに行ったが、打球の強さもあって、大きく弾いていたボールを拾った頃には剣都は既に一塁へと到達していた。

 それを見た難波は拾ったボールを大智へと返した。

「わ、わりぃ」

 ボールを投げ返しながら難波が謝罪の言葉を述べる。

「気にすんな。ほとんど練習もできてなかったのに、今の打球から逃げなかっただけでも大したもんだよ」

 大智は平然とした態度で難波に言った。

「あ、あぁ」

 しかし、難波の返事の歯切れは悪い。

 踵を返して定位置に戻って行く難波の足取りは重く見える。

 そんな難波の様子を大智は少し心配そうに見ていた。


 三番バッターの打球が再び難波の許へと転がって行く。

 先ほどの剣都の打球とは違って平凡な当たり。

 難なく処理できる打球でゲッツーも狙えるコースだ。

 難波は、今回は難なくボールを捕球した。

 そして、セオリー通り、ゲッツーを狙う為、難波はセカンドへとボールをトスしようとした。

 が……。

 ボールをトスしようとした瞬間、難波はボールを握り損ねてボールを落としてしまう。

 結果、ランナーはセカンドへ進塁。

 打ったバッターも一塁へ出塁した。

「す、すまん」

 難波は申し訳なさそうに謝りながら大智にボールを戻した。

「どんまい、どんまい。次、次」

 大智はできるだけ明るく難波に声をかけた。

 しかし、大智にボールを返した後の難波は俯いていて、大智の声が聞こえているのかどうかわからない状態だった。

「ふむ……」

 そんな難波の様子を見て、大智が呟く。

 大智はそのまま、静かにマウンドへと戻って行った。

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