第51話 私に言われても

「おいおい。どこだって?」

 相手チームの北山東高校の監督が唖然とした様子で呟く。

「へ? ここは市営球場ですけど」

 隣にいるスコアラーの女子生徒がそれに答えた。

「んなことわかっとるわい。今戦っとる相手はどこだって意味じゃ」

「どこって……千町高校ですけど……」

 ストライク! バッターアウト!

 北山東のバッターが空振りの三振に倒れた。

 現在、試合は七回の裏、二アウトランナーなし。

 千町 八対0 北山東

「去年まで人数ぎりぎりじゃったのに、これはどういうことなんだ」

「さ、さぁ? 私に言われても」

「特にあのクリーンナップ。何であんなのが、千町なんてド田舎の県立校におるんなら」

「いや、だから、私に言われても……」

 ストライク、バッターアウト!

 審判の右手が上がる。最後のバッターが見逃し三振に倒れた。

 七回コールド勝ちに沸き立つ千町高校スタンド。

 皆、自然と手を取り合って喜んでいた。


「ふー。やっぱ初戦は緊張したなぁ」

 球場を出て、荷物を降ろした大智が、ほっと一息吐いて呟いた。

「こいつ、緊張って言葉の意味知ってんのかな?」

 大智を指差しながら大森が紅寧に訊く。

「多分、知らないんじゃないですかね」

 紅寧は苦笑する。

「おいおい。俺を何だと思ってんだよ。俺だって緊張くらいするぜ」

 大智は怪訝そうな表情を浮かべる。

「よく言うぜ、あんなピッチングしておいて。七回二安打完封、四球も一つだけ。ヒット二本は当たり損ないのポテンヒット。おまけに七回で三振が十五個。これのどこに緊張していた要素があるんだよ」

 大森の話を聞くと、大智は途端にキョトンとして黙ってしまった。

「ん? どうした?」大森が訊いた。

「いやー、改めて数字で聞くと、我ながら素晴らしい内容ですな」

 大智は後頭部に手を当てて、照れた様子で笑顔を見せた。

「褒めるな、褒めるな。自分で自分を」

 そう言って、大森は顔を引きつらせる。

 すると大智は途端に真面目な顔になった。

「何言ってんだ。自分が自分を褒めてやらんで誰が褒めてやるんだよ」

「それは確かに」

 紅寧はポンと一つ手を叩いた。

「おいおい、紅寧ちゃんまで……」

 大森は苦笑を浮かべた。

「真面目な話に戻すと、確かに今日はコントロールがいまいちだったよね」

 紅寧が改まった様子で、話を本題に戻した。

「そうそう。まぁ、今日の大智の球なら相手がどこでもコントロールはさほど関係なかっただろうけどな」

「ダメです。今日は相手に助けられただけ。あれだけ三振してるのに、何の策もないんですもん。上に行ったら絶対に後半に捕まりますよ。ただでさえ、ベスト八からは試合と試合の間が短くなるんですから」

「流石。厳しいね、紅寧ちゃんは」

 そう言って、大森は冷汗を垂らす。

「ま、紅寧の言う通りだわな。俺らが目指すのはあくまで甲子園出場。つまりこの大会で優勝することじゃからな。今日はちょっと雑になったところは確かにあったな」

「おかげで無駄球を投げずに済んだってのはあるけどな」

「ま、今日のピッチングは賛否両論ってことで、次に生かして行こうぜ。んでその次の相手はどうなってる? 確か今日、他球場でやってるんだよな?」

「ちょっと待ってね。ええっと……。あ、瀬川だって。スコアは……、七対四。これといった特徴は特になし。普通のチーム。普段通りやれば大丈夫。だって」

「だって? 誰か知り合いにでも観に行ってもらってたのか?」

 大智が訊く。

「うん。頼んでビデオ撮ってもらってるんだ」

「へー。そりゃ、ありがたいな」

「うん。今日、これからまとめて、明日持っていくね」

「今日、これこれからまとめて、明日? おいおい、大丈夫か? 無理するなよ」

 大智は心配そうに紅寧を見つめる。

「大丈夫、大丈夫。次の試合まで時間があると言っても、四日しかないんだから。早いに越したことはないでしょ? それに次の試合は一年生の二人が投げるんだから、準備できることはしておかないと。何が起きるかわからないし」

「それはまぁ、そうだが……」

 それでもまだ大智の心配は拭えていなかった。

「もう、大兄心配し過ぎ。本当に大丈夫だから」

 そんな大智に対して紅寧は少し語気を強めて言った。

 それを受けて、大智は表情を緩めた。

「わかったよ。ありがとうな」

「お礼なんていいよ。私は、私がチームの為にできることをやってるだけなんだから」

 それを聞いて、大智は小刻みに頷く。

「そっか。そうだよな」

 大智は紅寧に向けて微笑んで見せた。

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