第74話 優勝候補

 打球がショートに飛んで行く。

 平凡な当たり。

 ショートは難なく捕球し、一塁へ送球する。

 バッターは一塁へヘッドスライディング。

 砂煙が巻き上がる。

 だが、ファーストが捕球する方が一歩早い。

 一塁塁審の右手が上がる。

 アウトだ。

「しゃあ!」

 マウンド上の大智はグラブを叩いて喜びの感情を露にしていた。

 一方、一塁へヘッドスライディングした相手の選手はその場でうずくまり、動けずにいた。

 準々決勝。

 三対0で千町高校が勝利した。

 先発した大智は九回を散発の四安打に抑え、完封勝利。

 大智のピッチングが冴えわたり、点差以上に相手を圧倒した。


 試合後、千町高校の選手たちはスタンドへと移動した。

 次の試合の勝者が次の対戦相手になるからだ。

「谷山と晴港学園か。……ん? 晴港って野球部あったけ?」

 大智は隣に座る大森に訊いた。

「俺らが入学した年に出来たんだよ。あちこちから実力者を集めてな。中三の時、お前のとこにも誘いが来てただろ?」

「……さぁ? その手の話はちゃんと聞いてなかったからなぁ」

 大智は首を傾げていた。

「だろうな」

 大森は苦笑する。

「でもその割には今まで名前を聞かなかったけどな」

「お前が興味持ってなかっただけだろ。まぁでも、確かにこれまではくじ運に恵まれず、ことごとく早い段階で港東にやられてたからな。思っていたような成績が出てないもの確かだ」

「けど、今年は違うよ」

 二人の間に紅寧が入って来て言った。

「違うって何が?」

 大智が訊いた。

「今年は間違いなく優勝候補の一つだよ。港東の連覇を止められるとしたら、うちか晴港しかいない」

「そんなにか?」

「うん。レギュラーメンバーはかなりのタレント揃いだよ。控えの下級生にもいい選手が揃っていて、層が厚い。去年までは荒さの目立つ場面も多々あったけど、今年はかなり洗練されてる。正直、今のところ死角は見当たらない」

 紅寧は神妙な面持ちだ。

「マジかよ……」

 大森が呟く。

「でも、今日の相手は谷山だろ? 奴らを応援するみたいになるのは癪にさわるけど、白神の野郎が簡単にやられるわけ……」

「見てればわかるよ」

「あん?」


 谷山対晴港の試合後、学校に帰ってミーティングが開かれた。

 準決勝の相手は晴港学園に決まった。

 七回コールド。

 晴港相手に谷山は手も足も出なかった。

 昨年戦って実力を知っているチームが圧倒されただけに、選手の間にはどこか重苦しい空気が漂っていた。

 しーんとした中、監督の藤原が皆の前に立った。

「知っての通り、準決勝の相手は晴港学園に決まった。試合を見てどんなチームかイメージがつかめた者もいると思うが、具体的な戦力を黒田に説明してもらおうと思う。黒田よろしく」

 藤原からパスを受けた紅寧が入れ替わりで教壇に立つ。

 スクリーンに映し出された映像を使いながら、紅寧は相手選手の説明を始めた。

 一番 センター 大西 三年

 抜群のバットコントロールと俊足の持ち主で高い出塁率を誇る。

 どんな球にもついてくる嫌なバッター。


 二番 セカンド 町田 三年

 小柄ながらパンチ力のある打撃と軽快な守備が持ち味。

 小技もできる万能な選手。


 三番 ファースト 東原 三年

 長身かつ抜群の身体能力の持ち主。


 四番 キャッチャー 山崎 三年

 走攻守全てがトップクラス。

 抜群の野球センスを誇るチームの要。


 五番 ショート 平岡 三年

 高い得点圏打率を誇るクラッチヒッター。


 六番 ピッチャー 井野 三年

 多彩な球種を自在に操る。

 バッティングセンスも高い。


 七番 レフト 河井 三年

 打率は高くないが、一発が怖い選手。

 甘い球は持っていかれるので要注意。


 八番サード 田辺 三年

 ムラのある選手だが、一本ヒットが出ると、途端に打ち始める。

 チームのムードメーカー。

 ある意味一番要警戒な選手。


 九番 ライト 岡部 三年

 センターに返すバッティングと俊足強肩が持ち味。


「そして、要注意な選手がもう一人……」

 相手のレギュラーメンバーを説明した後、紅寧は神妙な面持ちで続けた。

「まだいるのか?」

 大智が問いかけた。

 紅寧はリモコンを操作してベンチにいる一人の選手を映し出した。

 止められた画面には周りよりも一回りがっちりとした体格の選手が写し出されていた。

「十分な戦力が揃っているので出し惜しみでもしているのか、ここまでほとんど試合に出ていませんが、その実力はタレント揃いの晴港の中でも間違いなくトップクラス。二年生ピッチャー、怪物多村」

「怪物?」

 大智は首を傾げる。

「はい、怪物です」

「具体的には?」

 大智が問う。

「MAX一五〇㎞超の直球はその球速以上に威圧感があります。また今では珍しい縦に大きく割れるカーブを得意としています」

「ドロップ……」

 藤原が呟く。

「どちらかと言えば、そちらの方が近いかもしれませんね」

「厄介だな」

「はい。安定感でいえば、エースの井野ですが、ハマった時の怖さは圧倒的に多村の方が上。調子に乗らせてしまうと山崎のリードとも相まって手も足も出せなくなるでしょう。加えて、打つ方もトップクラス。クリーンナップの三人と同等かそれ以上かもしれません」

「おいおい。レギュラーだけでも厄介そうなのに、まだそんなのを隠し持ってんのかよ」

 大智は苦い顔している。

「で、次はどっちが来そうなんだ?」

 藤原が問う。

「あくまで私の予想ですが、おそらく多村かと。エースの井野は今日も投げていますし、決勝に残しておくかと」

「こりゃ一筋縄じゃいきそうにないですね」

 大森が言う。

「まぁ、そういう事だ。次の試合、おそらく相当タフな試合になる。うちが勝つにはロースコアでいくしかないだろう。となると、春野。お前に頼るしかない。中一日の登板になるが、行けるか?」

「勿論」

 大智は自信満々に頷く。

「いくら個々の能力が高かろうと、相手も高校生だ。つけ入るスキは必ずある。臆することなく、しっかりと自分たちの野球をやろう」

「はい!」

 気合の込められた返事が教室に響き渡った。

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