第75話 まだ夢半ば

 翌日は休養日になっていた。

 千町高校では午前中に軽い練習をして翌日の試合に備えた。

 ――――――練習後

「お、おぉ。すげぇな。どうしたんだ、これ?」

 山積みになった段ボール箱を目にし、大智は声を上げた。

「差し入れ。これまでも結構貰ってたんだけど、今日は一段と多いよ」

 差し入れを整理していた紅寧が答える。

「ここまでしてもらうと何か申し訳ねぇな」

「そうだね。でも、皆嬉しんだよ、きっと。なんたって創設以来初のベスト四だもん」

「それもそうだな。じゃあ、ありがたく頂いとくか」

「うん」

「手伝うよ」

「いいよ。大兄は早く帰って休んで。明日も先発なんだから少しでも体を休めておかないと」

「大丈夫。紅寧こそデータ集めに分析、マネージャーの仕事で疲れ溜まってるだろ。早く終わらせて一緒に帰ろうぜ」

「大兄……。ありがとう。じゃあ、これをあっちにお願いしていい?」

「よし、きた」

 大智は張り切って段ボールを移動させようとする。

「ちょっと待った!」

 突然紅寧が大声で叫んだ。

「な、何!?」

 大智は驚き、呆然としている。

「手袋、はめてないでしょ。明日試合なのに、手、怪我したらどうするの! そっちに軍手があるからそれはめて」

「は、はい」

 大智はすぐさま紅寧に指示された場所に軍手を取りに向かった。

 するとそこへ一年生がやって来た。

「春野さん、俺らがやるんで帰って休んでください」

 数人いる中の一人が代表して言った。

「いいよ。お前らこそ、早く帰って休みな。試合中はずっと炎天下にいるから、思ったより疲れが溜まってるだろ?」

「いえ、全然大丈夫です。春野さんの力投に比べたらあれくらいへっちゃらです」

「いいから、いいから」

「いえ、そういうわけには」

「遠慮せずに帰りな」

「じゃあ、せめて手伝います」

「いいって」

「でも……」

 一年生は頑なに帰ろうとはしなかった。

「たくっ……、気がきかねぇなぁ。状況を察しろよ」

 大智はそう言うと紅寧に目を配せた。

 代表して大智と話をしていた一年生は大智の視線を追った。

「あっ。……す、すみません」

 代表の一年生は大智の意を察したようで、慌てた様子を浮かべていた。

「わかったなら、ささっと帰りな。明日も元気な応援頼むぞ」

「はい。ではすみません。お先に失礼します」

「おう。お疲れ」

 大智は一年生を見送った。

「どうしたの?」

 倉庫の中で整理をしていた紅寧が顔を出す。

「一年が代わるって言うから拒否して帰らせたとこ」

「え? どうして? 代わって貰えば良かったのに」

 紅寧は不思議そうに首を傾げている。

「良いんだよ。あいつらだって初めての夏で疲れが溜まってるだろうしな。それに、何となくこれがやりたい気分なんだよ」

「たくぅ……」

 紅寧は呆れたように息を吐く。

「じゃあ、さっさと終わらせるよ」

「よっしゃ」

 大智は笑顔で差し入れの整理を始めた。

 大智と紅寧は結局二人で差し入れの山を片付けた。

 片付けが終わり、学校を出る。

 すると校門の前に、何やら人が集まっているのが見えた。

「ん?」

 大智と紅寧は互いに見合って、首を傾げた。

「おぉー。ようやく主役の登場だ」

 一人の年配の男性が声を上げると、一斉に拍手と声援が飛び交った。

 あまりに突然のことに大智と紅寧は呆然として固まっていた。

 その間も集まった人々からの声援は続いていた。

 すると、大智の目から一粒の涙が零れ落ちた。

「大兄?」

 紅寧は偶然それを目にしていた。

「わ、わりぃ。何か嬉しくてな。こうなることを夢見てここへ来たから」

 大智はこれ以上は涙が零れ落ちないようにと、上を向いていた。

 そんな姿に紅寧も目を潤ませている。

「大兄……。泣くのはまだ早いよ。本当に夢に描いて姿はまだまだこれからでしょ?」

 そう言いつつ、紅寧の目からも涙が零れ落ちていた。

 大智は上に向けていた顔を元に戻すと、潤んだ目を拭った。

「紅寧だって泣いてんじゃねぇか」

 涙を拭たばかりの顔で大智は笑う。

「だって……。大兄がそんな姿見せるから」

 紅寧は涙を拭った。

「でもそうだよな。今はまだ夢半ばだもんな。もっと多くの人に応援してもらって、もっと多くの人に夢と希望を与えられるようにならねぇとな」

「うん。頑張ろうね」

 紅寧はまだ潤んだ目でニッコリと笑った。

「あぁ」

 大智は微笑む。

「行くか」

「うん」

 二人は集まってくれた人たちの許へと向かった。

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