第76話 準決勝

 先に行われた試合では港東高校が危なげなく勝利した。

 夏二連覇、四季連続甲子園出場中の王者らしい堂々たる戦いぶりだった。

 既に試合を終えた港東ナインはスタンドに上がり、決勝の対戦相手となる二校の試合を観戦している。

 夏の選手権大会地方予選、準決勝、第二試合。

 千町高校 対 晴港高校

 試合前の挨拶を終え、選手たちが散らばって行く。

 先に守るのは千町高校。

 いつも通りのオーダー。※第六十九話参照

 一方の晴港高校は紅寧の予想通り、エースの井野ではなく二年生の多村を先発に持って来た。

 打順は井野と入れ替わりでそのまま六番に入っている。

 大智が投球練習を終え、晴港高校一番の大西が左打席に入った。

「プレイ!」

 試合開始。

 一番の大西に対し、千町バッテリーは幸先良くとんとん拍子にニストライクと追い込んだ。

 だが、ここから大西が真骨頂を発揮する。

 大西はニストライクと追い込まれてから、しぶとい粘りを見せる。

 何よりバッテリーを困らせたのが、しっかりとストライクゾーンを捉えている球ですら大西はファールにした。

 それがカット打法なら審判から注意を受ける場合もあるが、大西はしっかりとバットを振っている。

 それだけに、千町バッテリーは次第に打つ手がなくなっていく。

 結局、千町バッテリーは大西をフォアボールで一塁へと歩かせた。

 ノーアウト一塁。

 打席には二番、町田が入る。

 盗塁を警戒し、一塁へけん制球を入れながら相手の様子を伺う。

 初球ストライクを取ってからの二球目。

「逃げた!」

 大智が投げる瞬間、ファーストの上田から声が上がった。

 一塁ランナーの大西がスタートを切っていた。

 大智がボールを投げる。

 大森は二塁へ送球できるよう備えている。

 が!

 町田が大智の球を捉える。

 痛烈な打球が大きく空いた、一、二塁間を破って行く。

 予めスタートを切っていた大西は快足をとばして、一気に三塁へ到達した。

 ノーアウト、一、三塁。

 沸き上がる晴港スタンド。

 千町高校はいきなり大ピンチを迎えた。

 このピンチに、大森はすかさずタイムを取ってマウンドへ向かった。

「やっぱダメだな」

 大智が言う。

「あぁ。明日の決勝のことも考えてできるだけ体力を温存できたらと思ってたが、そうもいかないみたいだな」

「ということは?」

 大智からの問いに大森は力強く一度頷いた。

「初回からそう簡単に点をやるわけにはいかないからな。いいぞ、全力でこい」

 大智の顔が笑顔に変わる。

「よし来た!」


「ストライク。バッターアウト」

 全力を開放した大智は三番の東原を三振に取った。

 これまでのバッターに投げていた球との球質の違いに、東原は少し驚き、悔しそうな表情を浮かべながらベンチに帰っていった。

 四番の山崎が右打席に入る。

 ゆったりとした動作でバットを構えた。

 その姿は悠然としていて、強打者としての風格が漂っている。

 だが、三番の東原を三振に取って勢いづいている大智は、そんなことはお構いなしで初球を投じた。

 ボールはストライクゾーンを捉えている。

 山崎はその球を打ちにいく動作を見せたがバットは振らなかった。

 二球目。

 ゴーン、……ゴンッ、ゴン。

 山崎の鋭いスイングから放たれた打球はあっという間にレフトスタンドへと吸い込まれて行った。

 打った山崎は平然とした様子でダイヤモンドを回っていく。

 逆に、打たれた大智は唖然として顔が青ざめていた。

 動揺を隠せない様子。

 悠々とダイヤモンドを一周して還ってきた山崎はちらっとマウンドの大智に目を向けると、口元を微かに笑わせた。

 それが目に入った大智は悔しそうに唇を噛みしめた。

 山崎は次のバッターである平岡とハイタッチを交わす。

 そして、自軍のベンチに戻ると、チームメイトと笑顔でハイタッチを交わしていった。

 盛り上がる晴港サイド。

 一方、千町高校サイドは明らかにわかるほどの落胆の空気が漂っていた。

 大森がマウンドへ向う。

「わりぃ。もっと警戒するべきだった。俺の配球ミスだ」

 大森は大智の許へ行くと開口一番でそう告げた。

 しかし、大智からは返答がなかった。

 大智は晴港ベンチに戻った山崎を睨んでいた。

「大智!? おい、大智! 聞いてんのか?」

「え? あ、あぁ。聞いとる、聞いとる」

「……本当かよ」

 大森は疑いの目を向ける。

 が、すぐに表情を緩めた。

「まぁ、ええわ。大したことは言うてないし。とにかく切り替えろ。後をきっちり抑えるぞ」

 しかし、また大智からの反応がない。

「おい! 大智!」

「え? あ、あぁ。任せろ」

「たくっ……。頼むぜ」

 大森は怪訝そうな表情を浮かべながらポジションへと戻って行く。

 その間、やはり大智の意識は山崎にあった。

 五番、平岡、右打席。

「フォアボール」

 大智の球は荒れに荒れ、一球もストライクが入らなかった。

 四球全て明らかなボール球。

 傍から見ても明らかに無駄な力が入っているのがわかり、いつもの大智の姿には程遠い姿だった。

 この悪い流れにベンチが腰を上げる。

 千町高校のベンチから伝令が送られた。

 それを見て、内野陣がマウンドへ集まって行く。

 内野六人と伝令係の七人がマウンドで円陣を作った。

「ベンチからの伝令です」

 全員が集まると、伝令係で来た岩田が言った。

「春野先輩ちょっと」

 岩田が大智に手招きする。

「ん?」

 大智は岩田に近づく。

「失礼します!」

 すると岩田は右手を大きく動かし、大智の左頬にビンタをくらわせた。

 バチンと音が響く。

 いきなりビンタをくらわされた大智は目を見開き、放心状態。

 叩かれた左の頬を反射的に右手で押さえている。

「すみません。ベンチ、いや、黒田からの伝令です」

 岩田は深々と頭を下げて謝った。

 それを聞いた大智はベンチへと目を向けた。

 ベンチでは紅寧が悲しそうな目をして睨んでいた。

「他には?」

 大森が訊く。

「いえ、これだけです」

「そっか。りょーかい。じゃあ、みんな解散だ」

 そう言って大森は他の内野陣をそれぞれのポジションへ戻るよう促した。

 大森はその場に残り、大智に話かけた。

「ベンチ見たか?」

「あぁ……」

 大智は俯きながら答えた。

 手に持ったボールがギュッと握られている。

「目、覚めたか?」

「あぁ、悪かった」

 大智は顔を上げると、真っすぐな目を大森に向けた。

「よしっ。今度は大丈夫そうだな。しっかり頼むぜ」

 そう言って大森は握り拳を差し出た。

 大智はその拳に自身の拳をぶつける。

「おう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る