第77話 頼もしく
強い打球がピッチャーの右を抜け、セカンドへと転がって行く。
二ストライクと追い込んでからの外角低めの変化球を六番の多村が捉えた。
芯は外しているが打球が速い。
センターへ抜ける。
そう思われたが……。
セカンドの藤本が打球に飛びつく。
目一杯伸ばされた左手のグラブに打球が収まる。
ランナー一塁ということもあり、予めセカンドベース寄りに守っていたのが功を奏した。
藤本は懸命に体勢を整えながら二塁へグラブトス。
それをショートの遠藤が捕る。
二塁アウト。
遠藤はすかさず一塁へ送球。
ファーストの上田がボールを捕る。
一塁もアウト。
ダブルプレー。
ダブルプレーの成立を目の当たりし、大智はマウンドでグラブを叩いた。
盛り下がっていた千町スタンドは大いに沸き立った。
攻守交代でベンチに戻って来る千町ナイン。
ファインプレーを見せた藤本と皆がハイタッチを交わしていく。
藤本は照れくさそうにそれを受けていた。
皆とのハイタッチが収まった頃を見計らって、大智は藤本に声をかけた。
「ナイスプレー。ありがとな、助かったよ」
そう言って大智は右手を掲げた。
「お礼なんていいですよ。俺は俺ができることをしたまでですから。まぁ、流石にさっきのは出来過ぎですけどね」
藤本は照れくさそうに笑った。
「でも、後ろには俺らがいますんで。まだまだ頼りないかもしれないですけど、俺らだって、甲子園に行きたくて必死に頑張ってきたんです。なんで、俺らのこと信じてもっとガンガン打たせて来てください」
藤本は真っすぐな目を大智に向ける。
大智は一度視線を落とすと口元を緩めた。
表情を作り直してから顔を上げる。
「あぁ、信じるよ。ガンガン打たせていくからよろしくな」
「はい」
大智と藤本はハイタッチを交わす。
藤本は笑顔を浮かべていた。
藤本が大智の許から離れて行くと、代わって大森が大智の側に来た。
「頼もしくなってきたな」
大森が微笑んで言う。
「あぁ。これなら俺らが引退した後も大丈夫そうだな」
大智も嬉しそうに藤本ら二年生たちの姿を見つめていた。
「バカやろう。なに今引退した後のこと考えてんだよ。今は試合に勝つことだけ考えろよ」
「わかってるよ。ちょっとふと思っただけだろ。打たれた分はちゃんと取り返すさ」
そう言いながら大智はバッティング手袋をはめていた。
「ん?」
急にベンチが静まり返り大智は辺りを見渡す。
ベンチでは皆がグラウンドに目を向けて唖然としていた。
「どうした?」
大智は隣にいる大森に訊いた。
「点を取り返すのは……中々骨が折れそうだぜ」
大森は真っすぐマウンドの多村を見つめながら言った。
その目はいつになく真剣だった。
大智もグラウンドに目を向ける。
グラウンドでは内野陣がボール回しを行っていた。
次にホームに目を向けると、一番の難波がベンチに戻って来る途中だった。
バックスクリーンに目を向けると、アウトカウントの赤ランプが一つ灯っていた。
大智は少し駆け足でネクストに向かう準備をする。
途中、難波とすれ違う。
「どうだった?」
すれ違いざまに大智が訊いた。
だが、難波はすぐには答えない。
顔が少し青ざめた様子だった。
「難波?」
もう一度声をかけるも難波から返答はなかった。
「あん?」
大智はネクストに向かう。
ネクストで腰を下ろして、二番遠藤の打席を見守った。
「ストライク、バッターアウト」
三球三振。
遠藤がベンチに戻って来る。
大智は遠藤にも声をかけた。
遠藤も微かに重苦しい表情をしていた。
「どうだった?」
「やばいっす……」
遠藤は小声で言った。
「そんなにか?」
遠藤は頷く。
「傍から見ただけじゃわかりません。打席に立ってみて初めてわかると思います」
「……そうか。わかった」
大智はそれだけ答えてバッターボックスへと向かった。
「ストライク、バッターアウト!」
「くっ……」
高めのストレートに空振りを喫し、大智は奥歯を噛み締めた。
難波や遠藤がどうしてあんな表情をしていたのかがわかった。
球から伝わってくる圧倒的威圧感。
それが多村の球にはあった。
(なるほど。こりゃあ、初回の三点が重くのしかかってきそうだ……)
大智はマウンドから降りていく多村の姿を、顔を引きつらせて見つめていた。
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