第4話 無茶するんだから
何はともあれ、卒業式から短い春休みを挟んで、紅寧以外の三人は中学生から高校生になった。大智、剣都、愛莉の高校三年間の青春の一ページ目が開かれたのである。
朝の通学時間。最寄りのバス停で愛莉は一人でバスが来るのを待っていた。
時間通りにやってきたバスが愛莉の目の前に停車する。通勤や通学の時間帯だというのに、バス停には愛莉の他には誰も現れなかった。愛莉は停車したバスの昇降口が開くと一人、バスに乗り込んだ。
朝の通勤、通学時間なのにバスの中はガラガラ。始発の次のバス停から十キロ離れた高校の最寄りのバス停までの間に席が全て埋まるといったことはまずない。なんなら半分も埋まらない。だから通学で無駄なストレスにさらされることはない。これぞ田舎。ストレスフリー田舎。おかげで路線は赤字。常に路線廃止の危機でございます。
いや、冗談抜きで……。
愛莉が乗ったバスは順調に進んで行き、愛莉たちが住む町と愛莉と大智が通う高校がある町のちょうど境の辺りに差し掛かった。
しばしの間、辺りに家はなくなる。あるのは荒れ果てた地を侵略するセイタカアワダチソウの群ればかり。当分の間、信号もない。
そんな中にある片側一車線の道をバスが進んで行く。
愛莉はバスの左側の窓から外を眺めていた。
愛莉が外の様子をぼーっと眺めているとバスの少し先に同じ学校の制服を着た少年の姿が飛び込んできた。彼は懸命に自転車を漕いでいる。
大智だ。
信号のない道でスピードに乗っているバスはあっという間に大智に追いついた。
愛莉はバスの窓から大智を見ていた。大智はバスが自身の横に差し掛かると顔を上げ、バスの窓に向けた。顔を上げた大智とバスの窓から大智の様子を伺っていた愛莉の目が合う。愛莉は大智と目が合うと大智に向けて笑顔で手を振った。愛莉が手を振っている間にバスは大智を追い抜いた。
「うおおおおおお。待て、こらー」
バスに先を追い越された大智は、叫びながら、ペダルを漕ぐ足を速めた。大智は何とかバスに食らい付いた。
一方、バスが大智を追い抜き、車内に目を移していた愛莉は大智の叫び声が聞こえて来た為、再び窓の外へと視線を移した。窓の外には辛うじてバスに食らい付いて来ている大智の姿があった。そんな大智の姿を見た愛莉が驚愕の表情を浮かべる。だが、愛莉はすぐに表情を変え、懸命に自転車を漕ぐ大智を見ながら微笑んでいた。
一度はバスに追いついた大智だったが、その後は健闘もむなしく、次第にその差を離されてしまう。直線の道で愛莉の座る席の窓からは大智の姿が確認できなってしまった。
愛莉から大智の姿が確認できなくなってから、程なくして、バスは交差点に差し掛かかった。バスは交差点を左折する。その際に愛莉は大智の様子を確認した。
大智はまだ懸命に自転車を漕いでいた。
その姿を見た愛莉は、また少しだけ微笑みを浮かべた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
学校に辿り着いた大智は席に座ると、顔と両腕をベタっと机にくっ付け、激しく息を切らしていた。
「はい」
大智が学校に着いたことを確認した愛莉は大智の側に来てタオルを渡した。
「いいよ。タオルくらい。自分のが、ここに」
大智が息を切らしながら言う。
大智はタオルを探す為に自分の鞄の中を漁った。
「あれ?」
大智が鞄の中を漁る手を止めて鞄の中を覗く。
そして、再び鞄の中をごそごそと漁り始めた。
「はい、タオル」
大智の様子を見て、再び愛莉が大智の目前にタオルを差し出す。
「すまんな」
大智が顔を引きつらせながら愛莉からタオルを受け取る。
大智は愛莉から受け取ったタオルで流れ出ている汗を拭った。
「もう。バスと競うなんて、ほんと無茶するんだから」
タオルで汗を拭う大智を見ながら、愛莉は呆れた顔をしていた。
「愛莉に負ける姿を見せたくなかったんだよ」
顔の汗を拭い終えた大智は愛莉に目を向けた。
「ほんとバカなんだから。バスに勝てるわけないでしょ?」
愛莉が顔をしかめる。
「やってみないとわからないだろ?」
大智は再びタオルで顔から出て来る汗を拭いながら言った。
「ほんと負けず嫌いなんだから。でも、大智が負ける姿なら今まで山ほど見てきたけど?」
「俺がいつそんなに負けたよ?」
大智はタオルから顔を上げ、仏頂面になっていた。
「負けてるでしょ? 剣都に散々打たれてるじゃない?」
「あほっ。剣都とはまだ勝負の途中なんだよ。てか、寧ろこれからだろ? 今までの勝負なんてこれからの勝負に比べたら、大した価値はねぇよ。多分、あいつもそう思ってるよ」
「そっか……。そうだね」
愛莉は俯きながらそう呟いた。
「あ、タオル、サンキュウな。また洗って返すよ」
大智は会話の最中に首の後ろにかけていたタオルの左手側を鼻に押し当てながら言った。
「いいわよ。返さなくても」
愛莉の顔が真顔になる。
「いや、そういうわけにはいかんだろ」
大智は困惑の表情を浮かべた。
「だって、それ大智のだし」
「へ?」
大智は依然としてタオルを鼻に押し当てている。
「大智がよくタオルを忘れるから、おばさんから預かってたのよ」
愛莉は大智に背を向けて言った。
それを聞いた大智は鼻にタオルを押し当てるのを止め、愛莉の背中から適当な方向に視線を逸らした。
「道理で……」
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