第16話 紅寧のノート
「愛莉? 愛莉じゃねぇか! 久しぶりだな」
夜遅くに帰宅してきた剣都は自宅前に愛莉の姿を見つけると嬉しそうな顔をして愛莉の許へと駆け寄った。
「久しぶり。急にごめんね」
「全然かまわんさ。寧ろ凄く嬉しい。でも、どうしたんだ、急に?」
「実は剣都に訊きたいことがあって……」
愛莉は俯きながら言う。
「一回戦で千町と当たることか?」
剣都は迷うことなく言った。
「うん……」
愛莉は少し間を空け、ゆっくりと頷きながら返事をした。
「やっぱりそうか。しかし、びっくりだよな。まさかいきなり大智と戦うことになるなんて思ってもみなかったよ」
剣都が頭上に広がっている星空を眺めながら言う。
「そうだね」
愛莉は変わらず俯いたままで答えた。
「見に来るのか?」
剣都が夜空から愛莉へと視線を移す。
「正直……、迷ってる」
愛莉は俯いたまま顔を動かさない。
「大智は? 大智は何て言ってた?」
「大智は無理に見に来なくてもいいって。今回は剣都との勝負に力を割いてる余裕はないだろうからって。剣都との勝負はもっと然るべき舞台で見せてやるって言われた」
愛莉から大智の話を聞いた剣都は一度フッと笑みを浮かべてから口を開いた。
「なるほどな」
「何がなるほどなの?」
愛莉が首を傾げる。
「いやな、正直なところ、俺は今回の大会に千町が出てきただけでも驚いてるんだ。今の千町で部員を集めることはそう簡単なことじゃないってことは地元の奴なら誰だってわかってたことだしな。例え、それが大智だとしてもだ」
「それはそうだけど、それとさっき話したこととどう関係があるの?」
愛莉は相変わらず首を傾げていた。
「大智がちゃんと冷静に状況を判断できていることだよ。もしあいつが今の状況で俺との勝負にこだわるようなら試合の結果は目に見えてたからな。でも大智がそのつもりなら、いい試合が出来そうだと思ったんだよ」
剣都は嬉しそうに言った。
「そっか」
愛莉は納得がいった様子を浮かべた。
「見に来いよ。愛莉」
剣都が真っすぐな目で愛莉を見つめる。
「え?」
「本当は見たいんだろ?」
剣都が優しい表情と声で問う。
「それは……」
愛莉は剣都から視線を逸らした。
「今回は千町の応援でもいいぞ」
「で、でも……」
愛莉は困った表情をしている。
「そもそも愛莉は千町の一生徒でもあるんだしな」
「それはそうだけど……」
愛莉の表情はまだ晴れない。
「俺の応援はその後からでいいさ」
剣都がそう言った瞬間、愛莉の顔が急変した。
愛莉は困った表情を一変させ、怪訝そうな顔で剣都を見ていた。
「どっちが勝つかなんてまだわからないでしょ?」
愛莉の声には怒りの感情が混じっている。
「勝つよ。俺がな。いや、港東が絶対にな」
剣都はそう言うと口元をニヤッとさせた。
それを聞いた愛莉は露に怒りの感情を顔に浮かべていた。
「野球に絶対なんてないでしょ」
愛莉はムスッとした表情で語気を強めて言った。
だが剣都の表情は変わらない。それどころか口元を綻ばせていた。
「そう大智に伝えてくれ」
「へ?」
剣都のまさかの発言に愛莉はすぐにはその発言の意図を理解できていない様子だった。
剣都はそんな愛莉の様子を見て、クスッと一笑すると自らの発言の説明を始めた。
「俺がそう言えば、あいつはもっと燃えるだろ?」
剣都はそう言い終えると、ニカッとした笑顔を愛莉に向けた。
「もうっ……」
そんな剣都の表情を見て愛莉は呆れた表情を浮かべていた。
「わかった。そう伝えとく」
愛莉はそう言うと少しだけ左右の口角を上げて微笑んだ。
「悪いな」
「ううん。こちらこそ疲れてるのに時間取らせちゃってごめんね」
「気にすんな。寧ろ久しぶりに愛莉の顔が見られて疲れなんて吹っ飛んだよ。これからも偶には顔見せてくれよな?」
「うん、わかった。今日はほんとにありがとう。剣都に相談してみてよかった」
愛莉が微笑む。
「愛莉の力になれたならなによりだよ」
剣都は顔を綻ばせていた。
「もし本当に港東が千町に勝ったら、その後の試合の応援にはちゃんと行くから。頑張ってね、剣都」
愛莉は剣都に向けてニコッと笑った。
「サンキュ。愛莉がそう言ってくれると何より力になるよ」
剣都はそう言うと優しく微笑んでいた。
「んだと、あの野郎~!」
後日、愛莉から剣都の伝言を訊いた大智は憤慨していた。
「どうした、どうした?」
二人の後ろから大森が来て訊いた。
愛莉は先日の剣都とのやり取りの全てを大智に聞こえないよう注意しながら大森に伝えた。
「あ~、なるほど。そういうことね」
大森は苦笑を浮かべながら納得した表情をした。
「しかし、どうするかな~。まさかいきなり港東と当たるとは思ってなかったからデータも何もないんだよな……」
大森は大智の近くの椅子に座ると、机に肘をついて一人悩み始めた。
「はい、これ。後はよろしく」
突如、大智が大森に一冊のノートを渡した。
ノートを渡し終えた大智はまるで何事もなかったかのようにまたすぐに一人で憤慨し始めた。
「何だこれ?」
何も聞かされず、ただノートを渡された大森は困惑した表情で大智に訊いた。
だが大森の声は大智には届かなかったのか、大智は自分一人の世界に入ったままだった。
「たくっ……」
その様子を見た大森は大智に訊くのは諦めて、一先ずノートを開いてみることにした。
ノート開いた瞬間、大森の目がノートにくぎ付けになる。ノートにくぎ付けになった大森は次々とページを捲っていった。
そして、ノートを最後まで一通り目を通すとバッと顔を上げた。
「おい、大智! これどうしたんだよ」
顔を上げた勢いそのままに大森は剣都に訊いた。
「紅寧がくれたんだよ」
「紅寧ちゃんが?」
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