第15話 無理に見に来なくても

 ようやく九人のメンバーを揃えることができた千町高校野球部。

 そしてあっという間の抽選会。

 夏はもう目前なのである。


 抽選日の夕方。

 大智と大森、そして愛莉はキャプテンの小林から抽選結果が送られてくるのを大智の家で待っていた。

「連絡、来ないね……」

 愛莉が空の色が変わり始めた外の様子を見ながら呟く。

 愛莉は先ほどから一人そわそわと落ち着かない様子だった。

 それに対して大智と大森はのんびりと漫画を読み漁っていた。

「気にならないの?」

 愛莉はあまりにもリラックスしている二人を見かねて、怒り気味になって訊いた。

「気にしたって仕方ねぇだろ? 気にしたところで俺らにできることなんて何もないんだし」

 大智は愛莉に目を向けてそう言うと、再び手元の漫画に目を落とした。

「それはそうだけど……」

 愛莉は顔をムスッとさせている。

「それに、どこと当たろうと関係ねぇしな。どうせ俺らより強いんだろうし。ま、前評判は、だけどな」

 大智はそう言いながら、再び愛莉へと視線を向けると、ニッと笑った。

「何にせよ、最低でも一勝はしたいよな。来年の為にも」

 大森が二人の間に入って言う。

「だな。まぁ、俺が点をやらなきゃいいだけだし、俺と大森で最低でも一点。そこそこのチームのピッチャーならブランクのある上田でも長打が狙えるだろうし、何とかなりそうじゃね?」

「多分な。でも練習試合を一度も出来なかったってのは痛いな」

 大森が顔を歪める。

「ま、おかげで俺らの正体がバレずには済んでるけどな」

 大智が付け加えた。

「まぁな。けど、先輩たちも随分と試合からは遠ざかってるし、緊張して固くならないかが心配だな」

「まぁ、確かに……」

 大智がそう呟いた後、部屋には少しの間沈黙が流れた。

「ま、何にせよ、ここであぁだ、こうだ考えたところで意味がないことには変わりないけどな」と大智が言い終えた瞬間、タイミングよく大智の携帯電話の通知音が鳴り響いた。

「来た!」

 大智はさっきまでのんびりしていたのが嘘のように、素早くポケットから携帯電話を取り出した。

 大森と愛莉は大智が携帯電話を取り出している間に大智の側に寄って来ていた。

「開くぞ」

 大智が側に寄って来ていた大森と愛莉の顔を交互に見つめる。

 大森と愛莉は大智と目が合うと一度だけ首を縦に動かし、頷いた。

 二人に視線を送った大智は小林から送られて来たトーナメント表の画像をゆっくりと開いた。

「千町、千町っと……」

 大智はトーナメント表を拡大して、画像の左上から学校名を一つずつ確認していった。

「あった! 相手は……。ん? 港東?」

 対戦相手の高校名を見た瞬間、大智が固まる。

「ん?」

 大森と愛莉も声を揃えてそう言うとそのまま固まっていた。

「なぁ、剣都が行った高校って、どこだったっけ?」

 大智は誰となしに訊いた。

「港東」

 愛莉が淡々と答える。

「だよな。対戦相手は?」

 大智はもう一度確認するように訊いた。

「港東」

 今度は大森が淡々と答えた。

 その瞬間、ほんの束の間、部屋は無音に包まれた。

「はぁ~!」

 静寂を破るように大智が突然大声で叫ぶ。

「え~!」

 愛莉も大智に続く形で叫んでいた。

「何で一回戦から港東となんだよ。港東はシードじゃねぇのかよ」

 大智が声を荒げる。

「一応シードは取ってるぞ。Bシードだけど」

 大森は大智が床に落としていた携帯電話を拾って、トーナメント表の画像を見ながら冷静に答えた。

「じゃあ何で、一回戦で当たんだよ」

「どうやらBシードで一回戦が免除されるのは四校中一校だけみたいだな」

「んだよ。素直に一回戦免除になっとけよ」

 大智は大森から自身の携帯を受け取ってトーナメント表を確認しながら言った。

「全くだな」

 大森は腕を組みながら答えた。

「チッ。相手はどこでも関係ないって言ったけど、相手が剣都のいる港東となると話は別だな」

 大智はそう言って腕を組むと、困ったようにう~んと悩み始めた。

「どうする、大智?」

 悩む大智に大森が訊く。

「どうするもこうするも、初回から飛ばしていくしかないんじゃね? 格上相手に力をセーブしてる余裕なんてねぇだろ?」

「だよな」

「たくっ。まさか高校初の公式戦で剣都と当たるとはな」

 大智は険しい顔を浮かべていた。

「普通こういうのは三年の夏とかトーナメントのもっと上の方でやるもんだろ。ですよね? みなさん」

「いや、誰に訊いてんだよ。てか、久々だなこのやり取り」

 大森は苦笑を浮かべて言った。

 一方、大智と大森がそんなやり取りをしている間も、愛莉は終始浮かない顔をしていた。

「無理に見に来なくてもからな」

 愛莉が浮かない顔をしていることに気がついた大智が言う。

「でも……」

 愛莉は俯いた状態でぼそっと呟いた。

「まさかいきなり剣都と戦うことになるとは思ってもみなかったしな。それにこっちはやっとこさ人数が整ったところだ。正直今回は剣都との勝負に力を割く余裕もなさそうだしな。なぁに、剣都との勝負は来年以降、もっと然るべき舞台で見せてやるよ」

 大智の気持ちを聞いた愛莉は少し考え込んでからゆっくりと口を開いた。

「大智の気持ちはわかった。でも剣都にも気持ちを訊いておきたい」

「そうだな……。まぁ、試合を見に来るかどうかは愛莉に任せるよ」


「おーい。初戦の相手が決まったぞ」

 夕暮れ時。

 港東高校のグラウンド。

 部室から副キャプテンが出て来てグラウンドで練習をしているチームメイトに声をかけた。

 グラウンドで練習をしていた港東のナインはその声を聞いて集まってきた。

「どこになった?」

 部員の一人が訊く。

「千町だと」

「千町?」

 対戦相手の名前を聞いた多くの部員たちは首を傾げていた。

「あれ? あそこって人数足りてたっけ?」

 部員の一人が言う。

「さぁ? まぁ大方、一年が入って足りるようになったか、助っ人でも呼んだってところだろ。うちが普通にやりゃコールドだよ」

 部員間で話が進む。

 会話に緊張感は感じられない。

「千町……」

 剣都は呟くように千町の名を口にすると、口元だけ笑わせていた。

「どうした黒田。相手が格下で安心でもしたか?」

「いえ、別に。そんなんじゃないです。俺はどこが相手でも全力でやるだけなんで」

 剣都は先輩たちにそう告げて輪の中から外れた。

「相変わらず真面目だね~」

 剣都を見送る部員から声が上がる。

 輪を抜けた剣都はバッティングゲージへと向かった。

 剣都がバッティングゲージに入る。

 その初球。

 マシンから放たれた球を剣都は場外へと運んだ。

「へ?」

 剣都があまりにも凄まじい打球を飛ばしたので集まっていた先輩部員たちは唖然としていた。

(まさか高校初の公式戦で当たるとはな。本当ならもっと先で当たりたかったところだが……。けど、当たってしまったものはしょうがない。悪いが勝たせてもらうぞ。大智)

 剣都は口元を笑わせながら、マシンから放たれる球を次々と場外へと運んだ。

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