第63話 ラストイヤー
「おいーっす!」
大智が眠たそうに自宅から出て来た。
大智の自宅前には幼馴染の三人がいる。
まだ夜明け前、薄暗闇の寒空の下、三人は縮こませて大智が出て来るのを待っていた。
新年恒例の初日の出と初詣。
大智、剣都、愛莉、紅寧の幼馴染四人は今年も新年の早朝に集まっていた。
「遅い! 日の出に間に合わなかったらどうするのよ」
大智に愛莉が注意する。
既に約束の時間は過ぎていた。
「わりぃ、わりぃ。昨日、遅くまで起きちゃっててさ」
大智は頭を掻くようにして謝った。
「もうっ! 毎年のことなんだから、いい加減、気を付けてよ」
愛莉は顔を顰め、呆れ顔で大智を叱った。
「このやり取りも毎年恒例になってきたな」
剣都はやれやれといった表情を浮かべて二人のやり取りを見ていた。
「でも何だかんだ、ぎりぎり日の出に間に合う時間にはちゃんと出て来るよね、大兄は」
紅寧は笑顔で二人の様子を見ていた。
「たくっ。どうしてこうも紅寧は大智に甘いかな……。ん? ちょっと待てよ。このやり取り去年もやらなかったか?」
「やった」
紅寧が答える。
「うん」と愛莉が、「やったなぁ」と大智も続いた。
「詳しくは、第三十九話 新年が明けましたとさ、をご参照ください」
紅寧が丁寧にお辞儀をする。
「何だよ、三十九話って……。てか、誰に言ってんだよ」
剣都は冷汗を垂らしながら小声でツッコミを入れていた。
「しかし、使い回しとは、仕方ねぇ作者だな」
大智が呆れ顔で言う。
「ほんと、ほんと」
愛莉も同じように呆れた顔をして頷いていた。
……すみません。
「まぁ、ようわからんけど、悪口はその辺にして、そろそろ行こうぜ。ぐずぐずしてたら夜が明けちまう」
剣都が他の三人に声をかけて、目的地に向けて歩みを進める。
「ほんとだ、もうこんな時間」
愛莉は腕時計を確認して言うと、すぐに剣都の後を追い、横に並んだ。
「大兄、行こっ!」
大智と紅寧は並んで、前を行く剣都と愛莉の後に付いて歩いた。
東の空だけが微かに明るい、薄暗さの残る元旦の早朝。
四人は今年も初日の出を見る為に町の東端にある高台へと向かった。
毎年の恒例行事で、今年で五年目。
多少雲は出ているが、今年もなんとか無事、初日の出を拝むことが出来そうである。
「間に合ったー」
目的地までの階段を上った後、東の空を見て紅寧がホッとした様子で言った。
「ふー、今年も何とか間に合ったな」
剣都も安堵の表情を浮かべる。
「ほんと、毎年、冷や冷や」
愛莉は少し疲れた様子で言った。
「いやー、新年早々ハラハラしたなぁ」
大智が無邪気な様子で言うと、他の三人は一斉に大智をじろっと睨んだ。
「すみません」
大智はぺこりと頭を深く下げて謝った。
程なくして、高台から東に臨む島の左端から、そっと太陽が橙色の顔を覗かせた。
それを見た四人はそれぞれ、感嘆の声を零していた。
「これ見ると、年が明けたって感じがするな」
徐々に顔を出す太陽を見つめながら大智が言った。
他の三人も同意し、頷いた。
太陽は五分もしない内に、あっという間にその姿を完全に現した。
橙色だった光は次第にその色を薄め、いつものように地上を明るく照らし始めた。
「うしっ! んじゃあ、お参りに行きますか」
大智が三人に声をかけた。
参拝を終えた四人は恒例のおみくじを引きに向かった。
一人ずつおみくじを引く。開くのは全員が引き終わるのを待った。
「そういや、去年のやつ当たってたな。大凶引いて、見事に足を骨折だもんなぁ。結局、剣都とは一度も対戦できんかったし。剣都は剣都で大吉引いて見事に三季連続甲子園出場。来年の春の選抜もほぼ確実だもんな」
剣都は秋の県大会、そして中国大会を勝ち抜き春の選抜をほぼ確実にその手中に収めていた。
剣都の通う港東高校は今、正に黄金時代。
その中心にいるのは言うまでもなく剣都だった。
今や剣都は地元や県内だけでなく全国的に名の知れた大スターになっている。
「気にしない、気にしない。大智と剣都は当たってたかもしれないけど、私はそんなことなかったもん。私も大吉だったけど、大して運が良かったことなんてなかったし」
大智の話を聞いて、愛莉が言った。
それに対し紅寧が、私も、と続いた。
「あっ。でも去年引いたやつ、私と紅寧の分は大智にあげたんだっけ。道理で私たちにはご利益がないわけだ」
「かと言って、受け取った俺にご利益があったかと言えば、なかったけどな」
「そんなことないかもよ」
「あん?」
「ものは考えようよ? 私たちが大吉のおみくじをあげなかったら骨折じゃすまなかったかもしれないじゃない」
「あぁ……なるほど。それは確かに、ものは考えようだ」
そう言いながら大智は何度も頷いていた。
そうこうしているうちに、全員がおみくじを持って揃った。
四人は、せーの、の掛け声で一斉におみくじを開いた。
「やったー! 今年も大吉だ!」
いの一番に紅寧が声を上げた。
それに対し愛莉がおみくじを見せながら、私も、と続いた。
更には剣都も、同じようにおみくじを皆に見せるようにして、俺も、と続いた。
そこで声は切れた。
残る大智が続くことはなかった。
三人は、まさか……、と見合って、ゆっくりと大智の方へと顔を向けた。
大智はおみくじを持つ手を震わせながら、俯いていた。
「大智、もしかして……」
愛莉は訊きづらそうにしながらも、思い切って訊いた。
大智は一人で何やらぶつぶつと呟きながら、少し間を空け、それから口を開いた。
「小吉って……微妙!」
おみくじをみせながら言う大智。
『微妙』の声を大にして言った。
「文句言うなよ」
剣都は冷たくあしらうように言った。
「そうよ。いいじゃない、去年は大凶だったんだから」
愛莉が続いて言った。
「いや、良くねぇよ! 中途半端過ぎて盛り上がりに欠けるわ!」
大智は必死に訴えるように言う。
「盛り上がるもなにも、運なんだから仕方ないじゃない。それに、文句言ってると罰が当たるわよ」
文句を言う大智に愛莉が注意した。
「はははっ、そんなわけ……」
(ないよな……)
笑いながらいう大智だったが、内心は心配で仕方なかった。
「いよいよラストイヤーだな」
帰り道、大智が剣都に向けて言った。
「あぁ。今年は俺とやるまで負けんなよ」
「たりめぇだ。てか、港東にも負けねぇよ」
「ほう……。王者相手に大した自信だな」
「王者の座に着いてふんぞり返ってたら足下すくわれんぞ」
「わかってるよ。俺らの代は一年の時に先輩がお前にやられるのを見てるからな。そのおかげで俺らの代は相手が誰だろうと、どこだろうと油断したりしねぇよ」
「けっ。余計な勉強しやがって」
「そんなことより、足はどうなんだ? 大丈夫なのか?」
「あぁ、順調だよ。もうすっかり元通りだ。年明けからは夏に向けて上げてくつもりさ」
「そっか、ならよかった。けど、焦って、無理して壊すなよ。最後の夏に万全な状態じゃないお前とやるなんてごめんだからな」
「わかってよ。俺だって、最後の夏は万全の状態で臨みたいからな。そこは慎重に見極めてやるさ」
そう語る大智を剣都はきょとんとした様子で見つめていた。
それに気が付いた大智が訊く。
「あん? どうした?」
「慎重に見極めるって……。お前、そんな器用なことできんの?」
「やかましい。俺だって怪我する兆しくらいわかるわ」
「けど、そこで止めれんのか?」
「うっ。それは……」
大智は目を逸らした。
「ほれみろ。どうせ、もうちょっとくらいならって続けるんだろ? だから心配なんだよ」
剣都の話を聞きながら、大智は顔を顰めていた。
「つっても、怪我する直前の見極めができたら誰も苦労しねぇけどな。それができねぇから大抵の人間が頑張り過ぎて怪我しちまうわけで」
剣都が続けた。
「とにかく、俺の心配はいらねぇ。夏には万全の状態に仕上げてやるから、ドンと構えて待ってやがれ」
それを聞いた剣都はふっと口元を笑わせた。
「わかったよ。んじゃあ、楽しみに待ってるからな」
「おう。何なら春に全国制覇して待ってやがれ」
剣都はふとした笑みを見せる。
二人は笑顔で拳を突き合わせた。
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