第62話 わかったって言ったよね
季節は夏から秋へ。
そして、秋も深まった十月の終わり頃、大智の足は完治した。
とはいえ、日常生活に支障をきたさないというだけで、激しい運動はまだできる状態ではない。
だが、大智がユニホームを来て練習に参加していることで、チームの士気は自然と上がった。
「今日から春野が怪我から復帰するが、当面の間は別メニューになる。まだ完治したばかりで、激しい動きはできないからな。とはいえ、これでようやく全員が揃った。来年の夏に向けて気合入れていくぞ」
藤原が選手の前でそう告げると、はい、と威勢のいい声がグラウンドに響き渡った。
「あ、春野は気合入れんなよ」
「は?」
大智は虚を衝かれたように、ぽかんとした顔で藤原を見る。
「お前は気合を入れるとすぐに無茶するからな」
(やっぱり、そこに関して、俺って信用ないのな……)
大智は愛莉と紅寧にも言われたことを思い出しながら、そう内心で呟いた。
「というわけで、黒田を見張りに付けるから、くれぐれも無茶しないように」
「よろしく、大兄」
「へーい」
大智が返事をする。
「返事は、はい!」
すかさず紅寧が注意した。
「は、はい」
大智はピンッと背筋を伸ばし、返事をした。
「はい、今日はここまで」
予定していたメニューが終わったことを紅寧が大智に告げた。
「え? もう、おしまい? まだまだできるぞ」
大智は物足りなさそうに言った。
「ダーメ。今日はもうおしまい。初日なんだから少し物足りないくらいで充分」
「へいへい」
大智の返事を聞いて、紅寧は大智をギロッと睨んだ。
「はい……」
大智が返事を言い直すと、紅寧は表情を穏やかに変えていた。
「とりあえずの目標は一か月後のオフシーズンに万全な状態で入れるようにすること。オフシーズンも大兄は別メニューになるだろうけど、やっぱり辛い冬は皆で越えないとね」
「は? オフも別メニュー?」
「勿論。大兄には特別に、大兄でも逃げ出したくなるほどの地獄のメニューを用意してるよ」
紅寧は不敵に笑う。
「あ、あぁ……なるほど」
大智の顔が微かに引きつる。
「だから、一か月で万全の状態にしてね」
紅寧はニッコリと笑った。
その笑顔が大智には不敵に見えた。
「は、はい」
大智は顔をピクピクと引きつらせながら返事をした。
順調に調整を重ね、無事にオフシーズンの十二月を迎えた大智。
一年生の二人のピッチャーと共に、トレーニングに励んでいた。
「自分、もう少し走って来ます」
予定のメニューは終えていたが、岩田はもう一度走り出した。
「何! 俺も負けちゃおれん。俺も走る」
大智は岩田の後を追った。
「まただ……」
そんな二人の様子を遠くで見ていた紅寧が呟いた。
「たくっ、仕方ねぇな、あいつら。黒田、止めて来てくれるか?」
「はい……」
藤原に頼まれ、ガックリと肩を落としながら紅寧は返事をした。
紅寧はすぐにピッチャー陣の許へと向かった。
「もう一本……」
そう言って、岩田はまた走り出す。
「負けん」
少し遅れて、戻って来た大智は岩田が走り出したのを見て、後を追いかけた。
段々とその距離は縮まっている。
途中、大智が岩田に追いつく。
すると、抜いて、抜かしてのデッドヒートが繰り広げられた。
どちらも食い下がらない。
二人はそのままスタート位置に戻って来た。
スタート位置では紅寧が手を広げ、待ち構えていた。
「ストップ!」
戻って来た二人を紅寧が大声で止める。
二人は紅寧の両側を走り抜けて、止まった。
「やるな、岩田」
大智が息を切らしながら言う。
「春野さんこそ。まだ怪我から復帰して間もないのに流石ですね」
「うん、うん。これぞ、青春だね……って、違う!」
紅寧が乗りツッコミを入れる。
次の瞬間、紅寧のビンタが二人の頬に飛んだ。
「痛っ! 何で!?」
大智が頬を抑えながら、目を丸くして言った。
「何回も言ってるよね……」
紅寧が沸々と怒りを沸き上がらせながら言う。
「少しくらいプラスでやる分には構わないけど、やり過ぎは禁止! 二人、熱くなり過ぎ!」
「す、すみません……」
大智と岩田は声を揃えて謝った。
「こっちだってちゃんと考えてメニュー組んでるんだから、その辺わかってて欲しいんですけど」
「はい……」
二人は頭を下げて謝った。
「競い合うのもいいけど、程々にすること。わかった?」
「わかりました」
大智と岩田は声を揃えて返事をした。
が……。
その後も二人の終わりなき競い合いは度々行われた。
「わかったって言ったよね……」
紅寧はガクッと前屈みに倒れ込むのだった。
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