第64話 その為にここへ

「あーあ、電話、かかってこねぇかなぁ」

 大智が呟くように言った。

 今日は春の選抜の代表校の発表日だ。

「あの成績じゃ間違っても鳴らねぇよ」

 ストレッチの相手をしていた大森が言った。

「だよな」

 大智は天を仰ぎながら言った。

「藤原先生、藤原先生。至急、職員室までお戻りください」

 校舎から放送が流れて来た。

「おろ? 何だ? ちょっと行って来るわ」

 呼び出しを聞いた藤原は、部員にそう告げると、急いで校舎へと向かって行った。

 それを見て、大智と大森は、まさか、と丸くした目で視線を合わせていた。

 大森はすぐに、ないない、と手を横に振ったが、大智は少しだけその顔に期待の笑みを浮かべていた。

 藤原は二十分ほどして帰って来た。

 大智と大森を始め、何人かの部員が、グラウンドに帰って来る藤原をじっと見つめていた。

「ん? どうした、皆揃って俺の方を見て」

 グラウンドに戻って来て、見られていることに気が付いた藤原が訊いた。

「何の呼び出しだったんですか?」

 大智が代表して訊いた。

 その目には朗報を期待する思いが混じっている。

「聞きたいか?」

 藤原に訊かれ、大智が、はい、と返事を返した。

 皆が藤原を注視する。

「実はだな……」

 皆、固唾を呑んだ。

「いやー、出さんとおえん書類をすっかり出し忘れててなぁ。こっぴどく叱られたよ。いやー、参った、参った」

 藤原は後頭部に手を当てながら、恥ずかしさを誤魔化すように、わっはっは、と笑っていた。

 まさかの呼び出しの理由に、藤原を注視していた部員たちは、お笑い芸人の如く、ズテッとその場にこけた。

「ん? どうした?」

 藤原はきょとんとした様子でズッコケている部員を見渡した。

「もしかして、選抜の連絡が来たんかもって、ちょいとだかしだけ期待していたもんで」

 藤原はそれを聞くと、真顔で大智を見つめていた。

 しばしの間、藤原は真顔のまま固まっていた。

 それから急に動き出す。

 藤原は手を横に大きく振った。

「あの成績じゃ無理、無理。二十一世紀枠の候補にすら入っていないしな。変な期待なんかせんと、夏に自分たちの力でもぎ取れ。お前らが最高学年の今年がダメだったら、また当分、千町にチャンスはないんだからな。しかも、今やお前たちはこの町の夢も背負ってる。最後の夏は相当のプレッシャーだぞ」

「わかってます。当然そのつもりでいますから。そもそも俺はその為にここへ来たんですから。この町に夢を与える為に」

 大智の答えを聞いた藤原は口角を上げ、ニッとした笑顔を浮かべた。

「頼もしい答えだ。おっしゃ。ほんなら、練習再開するぞ。気、引き締めていけ」

 グラウンドには、はい、と大きな声がこだました。


「おろ? 何か去年より減ってね?」

 二月十四日。

 放課後、大智が部室に持って来た紙袋を見て大森が言った。

「さぁな。去年のことなんてもう覚えてねぇよ」

 大智は自分の場所に着いて、紙袋を置いた。

 大智が置いた紙袋の中を確認しながら大森が言う。

「いーや、去年より明らかに減ってる」

「ふーん、あっそ。ま、どうだっていいじゃねか、そんなこと」

「いーや、良くない」

 大森はかぶりを振って言った。

「何でだよ」

「お前の人気が落ちたら、応援の人数が減っちまうだろ。そんなことになったら盛り上がりに欠けちまう」

「何じゃそら」

 大智は呆れたように言った。

「でも、不思議だよなぁ。大智のことをカッコイイって言う声はよく聞くのに、結果はこれだもんなぁ」

 大森は天井に目をやり、思考を巡らせ始めた。

 その横で大智は興味なさそうに着替えを進めている。

「あー、やっぱあれかな。原因は紅寧ちゃんかな」

「何で紅寧?」

 大智は怪訝そうな目を大森に向けた。

「ほら、お前らいつも一緒に帰ってるだろ? だから、付き合っとるって思われてるんじゃないか?」

「実際はただの鬼トレけどな」

「実際はな。けど、校舎を出る時しか見てない奴は、お前らが仲良く並んで歩いとる姿しか見てないわけじゃし、付き合っとるように見られるのも無理はない」

「そりゃまぁ……そうかもな」

 大森は、だろ? と自信有りげに返した。

「ま、それならそれでいいさ。俺は愛莉と紅寧がいてくれればそれで十分だしな」

「かー、羨ましいねぇ。一度でいいからそんなこと言ってみたいもんだよ、まったく。この贅沢野郎」

 大森は肘で大智の脇腹をつついた。

「んだよ、やめろや。ほら、アホなこと言ってないでさっさと練習行くぞ」

「へいへい」

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