第85話 決勝戦
「何処までも続く青い空。燦燦と輝く太陽。これぞ夏というに相応しい青空の下、甲子園の切符をかけた最後の戦いが今始まろうとしています。全国一億三千万人の高校野球ファンの皆様、こんにちは。夏の選手権大会地方予選決勝。この試合は解説、葉山伸郎さん。実況、中村雄一でお送りいたします。葉山さん、どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。ま、ローカル放送ですけどね」
しばしの沈黙。
「……さて、ご覧の通り、決勝に残ったのはこの二校。まずは、ただ今四期連続甲子園出場中の王者、港東高校。春の選抜で優勝した勢いそのままに春夏連覇を狙います。対するは、二年前、一時は人数不足で出場すら危ぶまれた状態から、様々な困難を乗り越え、等々、決勝の舞台にまで辿り着いた、田舎の星、千町高校。創部以来初の決勝ということもあり、スタンドには多くの人が応援に駆けつけています。さて、それぞれのチームの特色ですが、港東高校は今や全国でも知らない人はいない、プロ注目の超高校級スラッガー黒田剣都を中心とした破壊力抜群の強力打線が持ち味のチーム。その強力な打撃力に注目が集まりがちですが、守りも二年生エース関口を中心に安定感があります。全国制覇した選抜大会よりも更に磨きがかかり、全くと言っていいほど隙がありません。一方、千町高校は、エースの春野と四番上田の二人を柱としたチーム。エース春野がどれだけ港東打線を抑え込めるかがこの試合の行方を左右すると言っても過言ではないでしょう。いかがでしょう? 葉山さん」
「おっしゃる通りかと。全部言われちゃったんでいう事ないですね」
解説の葉山は失笑する。
「おっと、これは失礼いたしました。さぁ、グラウンドでは整備が終わり、選手たちがベンチ前に出てきました」
審判団の合図で、選手たちがホームに駆け寄る。
両軍が挨拶を交わし、後攻の港東高校が守備に就いた。
「先に守ります港東高校。マウンドには二年生エースの関口。右サイドの変則投手。右バッターの内角低めにコントロールされた動く球はこれまで多くのバッターをきりきり舞いにしてきました。この試合でもその得意球で内野ゴロの山を築けるか。そして、ショートには四番を打ちます、黒田。守りでもチームを引っ張ります」
投球練習が終わり、千町高校一番の難波が左打席に入った。
全ての準備が整い、主審がプレイをかけた。
バックネット裏の後方の席で、愛莉は両手に持ったお守りをぎゅっと握り締めていた。
「三遊間への当たりをショートが捕って一塁へ送球……アウト! 三遊間の深いところへの打球でしたが、ショート黒田がこれを阻みます。一回の表、千町高校の攻撃は三者凡退。港東高校先発の関口、上々の立ち上がり。打者三人を全て内野ゴロに仕留めました」
全く危なげのなかった順調な立ち上がりに港東高校側のスタンドからは拍手が送られていた。
試合前からスタンドに張り詰めていた緊張感は解け、僅かな安堵感が生まれているようであった。
攻守交代。
大智の投球練習が終わり、港東高校一番の若江が右打席に入った。
「さぁ、千町高校エース春野、注目の初球。第一球を……投げました!」
初球、大智の球はストライクゾーンから大きく外れた。
スタンドがざわつく。
球が大きく逸れたということもあったが、それ以上に皆、球の速さに驚いているようだった。
大智の球は二球目、三球目ともストライクゾーンを捉えることができなかった。
試合開始早々明らかなボール球が続いたことで、千町高校側に動揺が走っているのが目に見えてわかった。
「おいおい、あんな春野見た事ないぞ。大丈夫なのか、あいつ」
珍しく大きくコントロールを乱す大智を見て、藤原は紅寧に問いかけた。
「大丈夫ですよ。初球こそ大きく外しましたけど、あとの二球は段々とストライクゾーンに近づいてますから。それに球自体は悪くありません。あの球がコースに決まれば、港東といえどそう簡単には打たれませんよ」
「コースに決まればな……」
藤原は冷汗を垂らす。
その時、審判のストライクコールが響いた。
大智の四球目がストライクゾーンを捉えていた。
その一球を境に、大智は立て続けにストライクを投げ込んだ。
結果大智は一番の若江をストレートで空振りの三振に打ち取った。
「ね?」
紅寧は微笑んで藤原に問いかけた。
「あ、あぁ……」
大きく乱れた状態から修正をして三振に打ち取った大智とそれを信じ切っていた紅寧の度胸に、藤原は呆気に取られていた。
「空振り三振! 千町高校春野、三球連続ボールから後は全てストライクで強力港東打線を三者連続三振に打ち取りました。いかかがでしょう、葉山さん」
「いやはや、素晴らしいピッチングでしたね。チームを勢いづけるナイスピッチングだったと思いますよ。ただ、流石にこのピッチングでは九回までは持たないでしょうから、次の回からのピッチングに注目ですね」
二回の表、千町高校の攻撃は四番上田から。
関口のボールを出し入れする丁寧なピッチングで、カウントはフルカウントとなった。
フルカウントからの一球。
関口はプレートの三塁側から外いっぱいにストレートを投げ込んだ。
内角攻めで意識を内角へ向けておいてからの外角いっぱいへのストレート。
バッターから見て、体の後ろから腕が出てくるような角度のサイドスローとも相まって右バッターは相当打ち辛い球。それまでの投球で内角に意識を持っていかれている場合は、球の見極めすら困難だ。
上田はその球を打ちに行った。
だが、内角に意識を植え付けられていた為、僅かに反応が遅れてしまっていた。
関口が外いっぱいに投げ込んだストレートは上田のバットを掠め、キャッチャーのミットへと収まった。
空振りの三振。
続く五番の大森は外に沈み込む球を引っかけてショートゴロ。
六番の岡崎は内角低めの動く球でバットの芯を外され、サードゴロに倒れた。
二回の裏、いよいよ大智と剣都の対決の時が訪れる。
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