第60話 自分が自分を信じてやる
「打球はセカンドへ! がっちり掴んで一塁へ送球。アウト! ゲームセット」
最後のアウトを取ると、港東ナインは一様にマウンドへダッシュで駆け寄った。
「港東高校、夏二連覇! そして、三季連続の甲子園出場を決めました」
実況のアナウンサーが声高らかに言う。
手元のスマートフォンの画面にはマウンドで歓喜に沸く港東ナインの姿が映し出されている。
大会前から注目を浴び、その噂に違わぬ活躍を見せた剣都がピックアップされ、画面に大きく映し出された。
「夏二連覇に三季連続甲子園出場……か。やっぱすげぇな、剣都は」
大智は画面を見つめながら、呟くように言った。
「うん。憎たらしいくらい、ほんと凄いと思う」
側で紅寧が言った。
紅寧は大智の許にお見舞いに訪れ、一緒に決勝戦を見ていた。
「それにしても良かったのか?」
「何が?」
「試合。見に行かなくても良かったのか」
紅寧は何ともないように、うん、軽い感じで頷いた。
「剣都は知っとんか? 紅寧が見に行ってないこと」
「知ってるよ。来るかどうか訊かれたからきっぱりと、行かない、って答えたよ」
「あいつ落ち込んだんじゃないか?」
「うん、落ち込んでたよ。いつもの如くね」
紅寧は変わらず軽い感じで言う。
そんな紅寧の様子に大智は、だろうな、と苦笑を浮かべて言った。
「まぁ、もう慣れたものだから、すぐ元に戻ってたけどね。愛ちゃんがいれば十分なはずなのに、妹にも気に入られようなんて欲張りなんだよ、剣兄は」
「相変わらず剣都にだけは厳しいな……。そう言わず、夏の間くらい応援してやればええのに」
「応援はしてるよ。今だって剣兄が甲子園に出られたことは嬉しいと思ってる。うちが負けちゃったから仕方なしだけど」
大智は苦笑した。
「それに大兄、一人じゃ寂しかったでしょ? いつもお見舞いに来てくれる愛ちゃんも今日は剣兄の応援に行ってるし」
「いや、別に俺は一人でも……」
そこまで言った時、紅寧が不機嫌そうな顔をしているのが目に入ったので、大智はそれ以上言うことを止めた。
一旦、目線を逸らし、言いなおす。
「あ、あぁ。一人だと寂しかったな……」
「だよね」
紅寧はにこっと笑って見せた。
「そう言えば、新チームはどうなっとる? 上手くやってるか?」
「今のところは大丈夫だよ。皆、頑張ってる。秋大、大兄なしで戦わないといけないってわかってるから、気合も入ってるし」
「そっか」
大智はホッと安心した表情を見せた。
が、すぐに表情を引き締め直して、再び紅寧に訊いた。
「岩田は? 岩田はどうしてる? 大丈夫そうか?」
「あぁ、岩田君ね……」
紅寧は言葉を詰まらせる。
「どうした? やっぱり、夏の敗戦から切り替えられてないか?」
「うーん、切り替えられてないことはないんだけど……」
紅寧は考え込む仕草を見せた。
「ないんだけど…‥どうした?」
「何と言うか、思いだけが突っ走って、心と体が付いて行っていない感じかな。何だか、ちょっと危うい感じがする。何がどうっていうのは上手く言えないんだけど……」
紅寧から岩田の様子を聞いた大智は、そうか、と呟くと、難しい顔をして考え込み始めた。
「何とか上手くコントロールしてみるけど、今の所はちょっと心配かな」
「わかった。退院したら、俺からも声かけてみるよ」
「うん、お願い」
紅寧は微かに微笑を浮かべて言った。
「あー、しかし、野球やりてぇな」
しばしの沈黙があってから、大智が天井を仰いで言った。
そんな大智の様子を見た紅寧は、徐に鞄の中を探り、中から硬球を取り出した。
紅寧は取り出したボールを大智に手渡した。
「おっ、準備がいいな」
「そろそろ大兄、野球やりたい、って言い出す頃かなと思って、持って来てたんだ」
「流石、紅寧。よくわかってくれてんな」
「なんて、本当はいつも持ち歩いてるんだけどね」
そう言うと紅寧は、てへっ、とおどけるように笑った。
「なーんだ、そう言うことか」
大智も、くすっ、と笑顔を浮かべた。
そして、手にあるボールを下からトスの形で紅寧に投げ返した。
紅寧は大智が投げたボールを両手で掴むと、またすぐに大智に投げ返した。
二人はそれを繰り返す。キャッチボールが始まった。
楽しそうに会話をする二人の間をボールが行き来している。
「ねぇ、大兄?」
「ん?」
「足が治ったらまたキャッチボールしてくれる? 今度はちゃんとした形で」
「あぁ。どうせ、リハビリもしないといけないしな。俺から頼みたいくらいだよ。お願いできるか?」
「うん、勿論」
紅寧は嬉しそうに笑った。
紅寧の笑顔を見て、大智も嬉しそうに笑っていた。
「でも、いつか大兄の本気の球を捕ってみたいな」
「捕れるのか? 高校ナンバーワンピッチャーの球だぞ?」
「いつナンバーワンになったの?」
紅寧は首を傾げる。
「これからなるんだよ」
「なるほど。そうだね」
紅寧はにこっと笑った。
「否定しないんだな」
「勿論。だって、ずっと信じてるもん。大兄は必ず日本一のピッチャーになるってね」
そう言って紅寧は微笑む。
「そう信じてるのは紅寧だけだぞ?」
「じゃあ、大兄も信じてよ。そしたら、少なく共、私と大兄、二人は信じてることになるでしょ? それに、まずは自分が自分を信じてあげないと」
大智はふっと笑い、そうだな、と答えた。
「何事もまずは自分が自分を信じてやらないと……だよな。うしっ、俺は日本一のピッチャーになれる。いや、なる。やれる、できる、やってやる」
「その調子、その調子」
「よっしゃ! やるぞ!」
大智は声を大にして言った。
それに紅寧も、おー、と続いた。
すると突然、病室の扉が開いた。
開いたドアから看護師の女性が怒りを浮かべた顔を覗かせた。
「ちょっと、病室ではお静かに」
低く、重たい声が二人の許に届く。
「す、すみません……」
二人は声を揃え、深々と頭を下げて謝った。
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