第42話 千町旋風巻き起こそうや
「もしかしてこれ、全員紅寧が集めたのか?」
ぽかぽか陽気の春空の下。
大智の前にずらっと並ぶ新入生、述べ十人。
想像以上の人数に大智は驚き、信じられないという表情をしていた。
「そうだよ」
紅寧は大智からの問いにニコッと笑顔を浮かべて答えた。
「俺たち……」
突然、新入生の一人が声を上げる。
「ん? どうした? 岡崎」
その新入生とは大智が中学の時の後輩でもある岡崎だった。
「俺たち、黒田に春野先輩の夢を聞いて、皆、それに感動したんです。俺らも、千町を甲子園に連れて行って、地元を盛り上げたいんです。なぁ!」
岡崎は他の九人に声をかけた。
「おう!」
皆、声を揃えて返事をする。
「お前ら……」
それを見て、大智は目頭を押さえながら俯く。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「せめてこっち見て言えよ!」
大智は顔を引きつらせ、隣にいる紅寧にも聞こえない程度の小声で怒った。
何故なら、皆の視線が大智の隣にいる紅寧に向けられていたからだ。
大智は一度、はぁとため息をつき、紅寧に訊いた。
「紅寧。お前、何て言ってこいつら集めたんだ?」
「え? さっき岡崎君が言ってたでしょ? 皆、大兄の夢を聞いて集まってくれたんだよ?」
そう言って紅寧はニッコリと笑う。
「いや、絶対それだけじゃねぇだろ」
(現にこいつら俺の方見てなかったし……)
大智は苦笑を浮かべて、再び紅寧に訊いた。
「え~、他には特に何も言ってないけどな~」
顎の前に人差し指を当てて考える紅寧。
「あ! でも、一緒に甲子園に行きたい、みたいなことは言った、かも?」
ピンッとは来ていないのか、紅寧は首を傾げている。
(いや、絶対それだろ……)
一方の大智は、目をパチパチと瞬きさせながら、心の中でツッコんでいた。
「どうしたの、大兄?」
大智のおかしな様子に紅寧が気づく。
「いや、何でも……」
大智はすぐに紅寧から視線を外し、他方へ移した。
(全員、見事に紅寧に釣られたわけだ……)
大智は斜め上に空を見つめながら、苦笑を浮かべる。
(でも、ま、本当の理由がどうであれ、目指してるところは一緒だ)
そう考えた大智は挨拶に移った。
「初めまして。二年の春野大智、ピッチャーだ。初めに言っておくが、俺らみたいな田舎の公立校が甲子園に行くのはそう簡単なことじゃない。けど、決して、不可能なことでもない。一緒に千町旋風を巻き起こそうや」
大智は新入生に向けて、ニッと笑った。
「はい!」
新入生の揃った声がグラウンドに響き渡った。
一方、港東高校グラウンドでは……。
「よう、関口」
剣都が中学の後輩であり、新入生の関口に声をかける。
「黒田先輩。お久しぶりです」
関口は帽子を取って、丁寧にお辞儀をした。
「久しぶり。そして、ようこそ港東高校野球部へ。お前は千町には行かなかったんだな」
「えぇ、まぁ。千町に行ったら、またあの人が卒業するまで、エースとして投げられなくなりますから」
そう語る関口の顔は無表情に近い。
「おいおい、そんなあっさりと負けを認めるのかよ。俺らはまだ、高一と高二だぞ?」
「認めますよ、あっさりとね」
「あん?」
剣都は関口の答えを聞くと、眉間に皺を寄せた。
「あんな球をずっと間近で見せつけられてたんですよ? レベルが違うことくらい、誰でもわかりますって。しかも、あれであの人、人一倍努力するんだからかなわないっす。同じチームにいたら……、ですけどね。けど、敵としてならも負けるつもりは毛頭ありませんから。絶対にね。俺は千町戦のマウンドに登って、あの人に勝つために必死こいて勉強して、ここへ入ったんです。黒田先輩がいる港東にね」
「俺がいるから?」
「えぇ。今、県内であの人の球に真向から対抗できるのは黒田先輩、あなただけですから」
関口は剣都の目をじっと睨むように見つめている。
「なるほどね。てか、地味にプレッシャーかけて来るのな」
関口のピリピリとした口調とは異なり、剣都はやや暢気ともとれる口調で返した。
「打つ自信ないんですか?」
キッとした目つきで剣都を睨む関口。
しかし、剣都は気にしていない様子である。
「自信はある。けど、その通りにならないのが、野球だろ?」
剣都はふっとした笑みを浮かべて、関口を見た。
それを受けて、関口は剣都から目を逸らした。
「もう少し肩の力抜けよ。あんまり自分を追い詰め過ぎると、ろくなことねぇぞ」
剣都は関口に背を向けそう言うと、関口の許から離れて行った。
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