第43話 何言ってんすか!

 さて、新入生を迎え入れ、新たなスタートを切った各校。

 夏の選手権大会まで残り三か月ちょっと。

 一年生はじっくりと育てるチームもあれば、即、戦力として使わなければならないチームなどチーム事情は様々。

 二、三年生合わせて七人しかいない千町高校は必然的に最低でも一年生を二人は試合に出さなければならない。

 千町高校のグラウンドでは、早速一年生の実力が試されようとしていた。

「どうぞ、監督」

 選手のアップを待っている間、紅寧が藤原にノートを渡した。

「ん? 何、これ?」

「一年生のプロフィールです」

「プロフィール?」

 藤原はノートを開いた。

 ノートには一年生の身長や体重などの身体測定の結果から、野球選手としての特徴までびっしりと記されている。

 そんなノートを藤原は目を丸くして見つめる。

 藤原は全員のプロフィールに目を通し、顔を上げた。

「これ、全部黒田が調べてまとめたの?」

 藤原がノートを指して訊く。

「はい、勿論」

 紅寧は当たり前だろと言わんばかりの表情で藤原を見つめる。

「だよな……。ついでに訊くけど、ちゃんとそれぞれのポジションに選手がいるのも、黒田の意図?」

「そうですよ」

 紅寧は真顔で藤原を見つめた。

「ははっ……。こりゃ、たまげた」

 藤原は呆気に取られている。

「だから、言ったじゃないですか。私に任せてくださいって」

 怪訝そうな目を向ける紅寧。

「いや、確かに言われて、任せたけど、まさかここまでするとは思ってなかったもんでな」

「もう。大兄といい、監督といい、何で、これくらいで驚くかな~」

 紅寧は頬を膨らませた。

「いやいや。驚くでしょ、普通」

 藤原が小声で呟く。

「何か言いました?」

「いんや、何も」

 藤原はとぼけるように紅寧から顔を逸らした。


 選手がアップを終えると、早速一年生の実力を確かめることになった。

 その間、二、三年生はグラウンドの隅でティーバッティング。

 まずは守備力から。

 ポジションに就いてのシートノック。

 一年生がそれぞれのポジションに散らばって行く。

 各ポジション一人ずつ。ただし、ピッチャーは二人。

 気持ちを新たに、スタートを切った一年生の動きは軽やかで初々しい。

 人数が増えたことも相まって、千町高校野球部は活気で溢れていた。

 一年生のシートノックが始まる。

 二、三年生はティーバッティングの傍ら、その様子をチラチラと眺めていた。

 特に三年生の三人はかなり気にしている様子だった。

 紅寧が集めて来たとあって、一年生は軽めのシートノックを無難にこなした。

 全員基礎はしっかりしている印象だ。

 次にマシンを使ったバッティング練習に移る。

 マシン二台を一年生が順に打っていく。

 その様子を三年生たちは練習の手を止めて、じっと見つめていた。

「気になりますか?」

 三年生の様子が気になった大智は、集まっている三年生の許へ行って声をかけた。

「春野…‥。うん……。やっぱ、ちょっとね……」

 大西が自信のなさそうな声で言う。

「でもやっぱり流石だね。皆上手いよ。打って、守れるし、動きも全然違う。俺ら敵わないかも……」

 大西はそう言って俯く。他の二人も大西に続くように俯いた。

「何言ってんすか!」

 大智が喝を入れるようにバシッと言う。

 それを受けて、三年生の三人は一斉に顔を上げ、大智を見た。

「確かに総合力だけで見れば、先輩たちよりも力のある一年は何人もいます。けど、守備の安定感なら間違いなく大西さんの方が上。てか、部内でも一番です。バントも上手いですしね。派手なプレーがなくても、大西さんみたいな職人気質の選手がいるだけで、チームは全然違うんです。自信持ってください」

「春野……」

 大西が大智をじっと見つめて呟く。

 その目には微かに涙が浮かんでいるように見える。

 次に大智は加藤に目を向けた。

「バッティングの怖さなら加藤さんがダントツです。一年生は、ミート力はありますけど、まだまだ非力な奴も多い。ピッチャー目線から言わせてもらえば、一年生は全然怖くないです。打席に立った時、スイングした時の威圧感なら加藤さんは誰にも負けていませんよ。それに、去年の夏からミート力もかなりアップしてますしね。もし、俺がピンチで加藤さんに投げるとしたら、正直ちょっとびびりますね」

 加藤も大西と同様に、大智を見つめながら「春野……」と呟いた。

「足の速さ、走塁の上手さは大橋さんが部内一です。守備範囲もかなり広がりましたしね。それに、この一年、俺がピッチングしてる時、打席に立って、選球眼に磨きをかけてきたじゃないですか。大橋さんが四球で塁に出れば二塁打も同然。一ヒットで一点です。こんな魅力のある選手どこのチームだって欲しがりますよ」

 それを聞いて、大橋も、大智の名を呟く。

 三人はじっと大智を見つめていた。

 その顔に、大智が話す前に浮かべていた、不安さや自信のなさは、もうない。

 彼らの瞳には闘志が宿っている。

「総合的な力があるに越したことはないですけど、野球はそれだけが全てじゃない。スペシャリストだって必要なんです。苦手なことがあるなら周りが補ってやればいい。グラウンドには九人がいるんですから」

「うん」

 三年生の三人は力強く頷いた。

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