第49話 熱くなってきたじゃねぇの

「ふむ……」

 シートバッティングを見ながら藤原が呟く。

「どうしました?」

 側にいた紅寧が訊いた。

「あいつ、いいバッティングするな」

 藤原は二塁を指差す。

 二塁ベースには二塁打を放った一年の遠藤の姿があった。

「そうなんです。遠藤君は私が声をかけた中でもセンスは頭一つ抜けてますからね。うちに来てくれたのはラッキーでした」

「そうだな」

「で、どうするんですか?」

「うん?」

「ショートですよ。私の見立てだと、正直、難波先輩より遠藤君の方がやや上です。とはいえ、難波先輩もチーム中での実力は上位。どっちらか片方というのは勿体ない気が……」

「わかってるさ。心配しなくても、ちゃんと考えてるよ」

 藤原はそう言うと、じっとグラウンドを見つめながら考え事をしていた。


「難波! ちょっと」

 シートノックを始める前、藤原は難波を呼んだ。

「どうしました?」

 難波がすぐに藤原の許へ駆け寄ってくる。

 藤原は難波が来ると、単刀直入に用件を話した。

「お前、今日からセンターに入ってくれないか?」

 虚を衝かれた難波は一瞬放心状態になったが、すぐに藤原に訊き返した。

「えっ、何で俺がセンター何ですか? ショートはどうするんです?」

「ショートは遠藤を使う」

 藤原ははっきりと言い切った。

 難波は藤原から顔を背けた。

「俺はクビってことですか?」

 難波は悔しさを押し殺すように訊いた。

「違うよ」

「え?」

「この時期に一年をコンバートして使うのは些か不安でな。お前なら短期間でも難なくこなしてくれるだろうと信頼して頼みなんだが……、嫌か?」

 それを聞いて、難波は表情を緩ませた。

 顔がにやけるのを我慢している。

「たくっ~。しょうがないっすね~。そこまで言うならやりますよ~」

「おぉ、そうか。やってくれるか! じゃあ頼んだぞ」

「仕方ないっすね~、もう~」

 難波は嬉しそうにそう言うと、足取り軽くセンターへと向かった。

「なかなか口が上手いんですね」

 紅寧が言う。紅寧は近くで話を聞いていた。

「ん?」

「難波先輩を傷つけず、うまいこと言ってコンバートしましたね」

「本心だよ」

「へ?」

「そりゃ、遠藤くらいの実力の持ち主なら、今から練習すれば難なくセンターをこなせると思うぞ。けど、一年生の夏から公式戦に出るってのはそれだけでもかなりのプレシャーだからな。それが慣れないポジションなら尚更だ。やっぱり去年経験している分、難波の方が余裕があるしな」

「なるほど……」

「それに、部内で一番足の速い難波がセンターに回れば、二番目の大橋と合わせてかなりの範囲をカバーできるしな」

「確かに」

「その分、三遊間が一年になってしまうのは少し心配だがな。まぁ、その辺は上級生が何とかするだろ。そもそも、うちに出し惜しみしている余裕はないからな」

「そうですね。今のところ、これがベストって感じがしますね」

「だな。あとは一年のピッチャー二人をどこで使うかだな」

「それは組み合わせが決まってから考えた方がいいんじゃないですか?」

 それを聞いて、藤原は紅寧の顔を一瞥する。

「それもそうだな」


 時は進み、組み合わせ抽選日。

 昨年と同じく、大智の家で組み合わせ抽選の結果を待っていた。

 部屋には大智、大森、愛莉、紅寧の四人がいた。

「暇だし、素振りでもするかー」

 大智は待ちくたびれたのか立ち上がった。

 立ち上がった大智は手を組み、腕を上に上げて背伸びをした。

「そうだな」

 大森も大智に続く。

「私たちはどうする?」

 二人の様子を見て、愛莉は紅寧に訊いた。

 紅寧はノートをまとめている。

「うーん。大兄、部屋にいてもいい?」

「おう、いいぞ。愛莉はどうする?」

「じゃあ、私も部屋にいさせてもらおうかな」

「そっか。じゃあ、連絡来たら教えてくれ。すぐに帰ってくるから」

 大智はそう言うと、大森と部屋を出て行った。

「あぁ、そうだ。俺がおらんからって部屋の中探るんじゃねぇぞ」

 部屋を出た後すぐ、大智が戻って来て言った。

「しないわよ、そんなこと。それとも何? わざわざ言うってことは、何か見られたらまずいものでもあるの?」

 愛莉が反論する。

「バカ。ねぇよ、そんなもん。一応だよ、一応」

「怪しい……」

 愛莉が疑惑の目を向ける。

「うん……」

 紅寧も同じような目で大智を見ていた。

「お、おい。紅寧まで……」

 二人の目線に大智はたじろいだ。

「冗談よ」

 愛莉はそう言って、クスッと笑った。

「冗談だよ」

 紅寧も愛莉に続いた。

「止めろよ~」

「大智が私たちを信用してないからいけないんでしょ」

 愛莉は頬を膨らませて怒った。

「わ、悪かったよ」

「もうっ。ほら、早く行かないとただ行っただけになるよ」

「おぉ、そうじゃな。ほな、ちょっくら行ってくるわ」

「いってらっしゃい」

 愛莉と紅寧は大智に手を振って送った。


 愛莉と紅寧、二人だけになった大智の部屋。

 愛莉は大智と大森が素振りをしている姿を部屋の窓から眺めていた。

 手元には二人の姿を描いたスケッチブックを持っている。

 一方の紅寧は変わらずノートをまとめていた。

「ねぇ、愛ちゃん」

 紅寧がノートをまとめる手を止めて訊く。

「どうしたの?」

 愛莉は視線を部屋の中へと戻し、紅寧を見ると、首を傾げて訊いた。

「あのね。その……」

 言いずらそうにする紅寧。

「ん?」

 愛莉はもう一度、首を傾げていた。

「その、愛ちゃんは、大兄のこと……」

 その時だった。

 携帯の通知音が部屋に響く。

 その音にハッとなった紅寧は、それ以上話すのを止め、すぐに自身の携帯を確認した。

「来た!」

 携帯の通知を見て、紅寧が言う。

「二人、呼ぶね」

「うん」

 愛莉は窓から、下で素振りをしている二人に声をかけた。

 知らせを聞いた大智と大森は、すぐに素振りを止め、家へ入って行った。

「二人ともすぐ来るよ」

「うん」

「あ、そう言えば、さっき何を言おうとしてたの?」

「えっ、あー。ううん、いいの。何でもないから」

「そう……」

 バタンと勢い良くドアが開く。

 大智と大森が部屋に戻って来た。

「どうだった?」

 大智が訊く。

「まだ見てないよ。二人が戻って来てから見ようと思って」

「そうか」

 大智はそれを聞くと、一先ず息を整えた。

「うしっ」と言って、大森と共に、携帯を持つ紅寧の許に近づく。

 愛莉も紅寧の許に向かった。

 四人で一つの携帯を囲む。

「いい?」

 紅寧が他の三人に確認を取る。

 三人は一様に頷いた。

 紅寧が画像を開く。

 左右にわかれている左側のブロックから順に確認する。

「あった! 港東」

 紅寧が真っ先に見つける。

 Aシードである港東高校は左側のブロックの一番下に位置していた。

「てことは、俺らは反対のブロックか。今年の勝負は決勝までお預けだな」

 大森が言った。

「だな。ま、いいんじゃね。これで今年はどっちも長く夏が楽しめるんだからな」

「勝てばな。けど、千町も港東も勝ち進むと、愛莉ちゃんは大変だね、応援」

「まぁね。でも二人が勝つのは嬉しいことだから。あ、そうだ。応援と言えば、今年は吹奏楽部が応援に来てくれるって聞いたけど、本当なの?」

「そうなんだよ。学校も俺らに期待してくれてんのか?」

 大智が返した。

「監督が頼み込んだんだよ」

 それを聞いて紅寧が言う。

「へ?」

 三人は一様に紅寧を見た。

「最初は断られたみたいなんだけど、懲りずに何度も何度も頼み込んだみたい。あいつらにも他校みたいに演奏が鳴り響く中で試合をさせてやりたい。応援に来たことは絶対に後悔させないから、てね」

 紅寧の話を聞いた三人はしばしの間、黙っていた。

「そっか……。あぁ、見えて、熱いところあるんだな、監督」

 大智が言う。

「こりゃあ無様な試合はできねぇな」

「あぁ。ま、元からそんな試合するつもりはさらさらねぇけどな」

「まぁな」

 二人は口元を笑わせながら見合った。

「で、俺らの相手ってどこ?」

 大智が訊く。

「北山東だって」

 紅寧が答えた。

 それを聞いて、大智と大森は目を見合わせた。

「知ってるか?」

 大智が大森に訊く。

「いや……」

 その会話を聞いて、紅寧は相手校の説明を始めた。

「県北の公立校だからね。知らないのも無理はないかも。毎年、一、二回戦敗退だしね。まぁ、多分向こうも同じこと思ってると思うけど」

「ふ~ん。ま、それならとりあえず初戦は一年生も気負わずにできそうだな」

「だな」

「ちょっと、ちょっと、油断はダメだからね。詳しくはこれから調べるけど、どんなチームなのかはまだわからないんだから」

「わかってるよ。俺らはどこが相手だろうと気は抜かねぇさ。なぁ?」

 大智が訊くと、大森は「おう」と頷いた。

「そうだよね。ごめんなさい」

 紅寧が大智と大森に謝る。

「謝るなよ。紅寧の心配はもっともだしな。ま、なんにせよ、熱くなって来たじゃねぇの」

 窓から暮れる空を見つめながら大智が言った。

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