第三章
第66話 飛ばす
「九回の表、二アウト、ランナー、一、二塁。七対二。港東高校、悲願の初優勝まであと一歩ですが、なかなかそれを許してもらえません。マウンド上には二年生エースの関口。既に球数は、百二十球を越え、疲れが見えますが、何とか踏ん張ります。さぁ、カウントは二ボール、二ストライク。関口、セットポジションに入って、ランナーをちらりと見た。第五球を……投げた! 打ったー! 打球はショートへ! ショート黒田、正面に入ってがっちりキャッチ。一塁へ送って……一塁アウト! 港東高校悲願の初優勝! 学校初、更には県としても初優勝校としてその名を刻みました!」
大興奮の画面越しの甲子園。
四季連続で甲子園出場を果たしていた港東高校は、初めて、日本一をその手の中に収めた。
港東高校は剣都を始め、全員がしっかりとバットを振って来る、強打のチームとして、選抜の舞台でその名を全国にとどろかせた。
「たくっ。どこまで、俺を燃えさせれば、気がすむのかねぇ、あいつは」
テレビの向こうで歓喜に沸く港東高校ナインを見ながら大智が言う。その中にはチームメイトと笑顔で声をかけ合う剣都の姿もあった。
「俺は夏にこの打線を抑えないといけないと思うと、気が重いけどな」
大智の隣で一緒にテレビを見ていた大森が、気が重たそうに呟いた。
「相変わらずこういう時、冷静だよな」
「キャッチャーなもんでな」
「久ぶりに聞いたな、その言葉」
大智は苦笑を浮かべる。
「しかしだ……。関口のやつ、いいピッチャーになったな」
大森が仕切り直すように言った。
「あぁ。あの港東で二年生ながらにエースになったんだ。相当練習したんだろうよ」
大智はキリッとした目つきでテレビを見ながら、ふとした笑みを口元に浮かべていた。
「だな。体つきが一回りも二回りも大きくなってる」
「あ、因みに関口は俺らが中学生の時の一つ下の後輩です」
大智が言った。
「えっ……誰に何の説明?」
大森が問う。
「ん? いや、ほら、関口が登場したのって、四十二話だけだから、改めて説明しとかないと、皆すっかり忘れてるだろうなと思って」
「み、皆? いや、家の部屋で誰に説明するんだよ」
大森にそう言われると、大智はじっと大森を見つめた。
「……ま、気にすんな」
大智は大森から視線を外し、背を向けた。
「いや、気にするだろ……普通」
そんな大智の背中を、大森は冷汗を垂らして、見つめていた。
「ストライク! バッターアウト!」
選抜決勝を目の当たりにした後の週末の試合。
初回を三者三振に抑えて、ナインがベンチに帰って来る。
「おいおい。飛ばし過ぎだぞ、大智」
ベンチに戻って来て、大森が言った。
「いいいだろ、偶には。剣都も散々飛ばしてたんだから」
「バカやろう。どこにバッターとピッチャーの、飛ばす、を一緒にするやつがいんだよ」
「ここ」
大智は真顔で自分を指差す。
「そういうこっちゃねぇよ……」
大森は苦笑を浮かべていた。
「いいだろ?」
大森はため息を吐く。
それから紅寧にアイコンタクトを取った。
紅寧は呆れ顔で、仕方がない、という風に頷いた。
「わかったよ。けど、こんなバカみたいなピッチングは今日だけだぞ」
大森の許可を得た大智は、サンキュ、とニッと笑った。
「ただし……最後まで0で抑えろよ」
大森は大智にそう告げた後、今度は耳元に顔を近づけてから囁くように言った。
「じゃないとお前、また体力メニュー増えるぞ」
それを聞いた大智は体をブルっと震わせていた。
大智は紅寧に目を向ける。
大智と大森の会話を察してか、紅寧は不敵な笑みを浮かべていた。
「ま、男に二言はなしだ。言ったからには最初から最後まで全力で来いよ」
大森が大智の肩を叩く。
「へっ、当然だ」
大智は自信に満ちた顔で返事を返した。
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