第39話 新年が明けましたとさ
さてさて、長い長い来年までの一年間。
でも、やることをやっていたら、あっという間。
新年が明けましたとさ。
「おっす!」
大智が自宅から出て来る。
まだ夜が明ける前の薄暗闇の下。
大智、剣都、愛莉、紅寧の幼馴染四人は中学校の卒業式ぶりに集まっていた。
「遅い! 日の出に間に合わなかったらどうするのよ」
約束の時間に遅れて来た大智に愛莉が注意する。
「わり、わり。昨日遅くまで起きちゃっててさ」
「もう。毎年のことなんだから、いい加減、気を付けてよ」
愛莉は呆れたように大智を叱った。
「このやり取りも毎年恒例になってきたな」
剣都はやれやれといった表情を浮かべて二人のやり取りを見ていた。
「でも何だかんだ、ぎりぎり日の出に間に合う時間にはちゃんと来るよね、大兄は」
紅寧は笑顔で二人の様子を見ていた。
「たくっ。どうしてこうも紅寧は大智に甘いかな……。って、大智を叱るのは後だ、愛莉! 早く行かないと本当に間に合わなくなっちまう」
剣都は急かすように言うと、一人先に目的地の方へ歩みを進めた。
「そうだった!」
剣都に声をかけられ、ハッとなった愛莉はすぐに剣都の後を追った。
「大兄! 行こっ!」
大智と紅寧は並んで、前を行く剣都と愛莉の後を追った。
まだ薄暗い元旦の早朝。
四人は初日の出を見る為に町の東端にある高台へ向かった。
大智、剣都、愛莉の三人が中学一年生の頃からの恒例行事で、今年で四年目。
多少雲に邪魔された年もあったが、過去三回は全て、初日の出を拝むことが出来ていた。
今朝も雲が少なく、無事初日の出を拝むことが出来そうである。
「よかった~。間に合った」
目的地に着いて、紅寧が嬉しそうに言う。
「ギリギリ間に合ったみたいだな」
剣都が安堵の表情を浮かべて言う。
「ほんと。危なかった~」
愛莉が言う。
少し速足だったのと、階段を上ってきた事もあり、愛莉は少しだけ息を切らしていた。
「いや~、ハラハラした」
大智がそう言うと、他の三人は大智をじろりと睨んだ。
「すみません」
大智は縮こまって謝った。
と、その時、目の前に浮かぶ島の東端の陰から、そっと朝陽が橙色の顔を覗かせた。
「わぁ……」
紅寧が真っ先に感動の声を零す。
その声を皮切りに、他の三人もそれぞれ感嘆の声を零していた。
「何回見てもいいもんだな」
徐々に顔を出す太陽を見つめながら大智が言う。
「だな」剣都、「だね」愛莉、「うん」紅寧。
他の三人も昇る太陽を見つめながら、大智に返事を返した。
太陽は五分もしない内にその姿を完全に現した。
橙色だった光は次第にその色を薄め、日頃、目にする光へとその姿を変えていった。
「うしっ。んじゃあ、お参りに行きますか」
大智が三人に声をかける。
「うん」
紅寧が真っ先に返事を返す。
剣都と愛莉も紅寧に続いて賛同の意を表した。
四人が今いる高台。
ここはこの町を古くから守っている神社の参道の途中にある。
四人がいる高台はまだ山の中腹部分で、先に続く道を行き、階段を上った頂上部にその神社は建っている。
境内に着き、参拝を終えた四人はおみくじを引いていた。
「やった! 大吉だ」
大吉のおみくじを広げ、嬉しそうに見せる紅寧。
「あ、私も大吉だ」
愛莉も大吉のおみくじを他の三人に見せた。
「おっ! 俺もだわ」
剣都もおみくじを広げて見せた。
「えぇ……。剣兄も~」
紅寧が口を尖らせる。
「え? 俺が大吉引いたらダメなのか?」
「だって、ただでさえ、剣兄は実力があるのに、運まで味方に付けちゃったら、増々、強敵になっちゃうじゃない。せめて運くらいは悪くあってもらわなくっちゃ」
「おいおい。それが実の兄に言う言葉か……」
剣都は冷汗を垂らして呟いていた。
「そう言えば大智は? どうだったの?」
珍しく静かにしている大智に愛莉が訊く。
「俺? 俺は……、まぁまぁかな」
「まぁまぁって何よ?」
「まぁまぁつったら、まぁまぁだよ」
大智はそう言いながら愛莉や他の二人と目を合わせようとしない。
「大智、もしかして……。凶、だった?」
愛莉が訊く。大智は答えないが、表情に変化もなかった。
「えっ、もしかして、大凶?」
愛莉は恐る恐る訊く。
その瞬間、大智は明らかに動揺する素振りを見せた。
「ほんとに……?」
愛莉は目を丸くして、ぼそりと呟く。
剣都と紅寧もそれを聞くと、唖然と大智を見つめていた。
「何だよ! 仕方ねぇだろ、出ちまったもんは」
「いや~、こんなこともあるもんなんだな」
剣都が言う。
「ちぇっ。いよいよだってのに幸先悪いな」
大智は顔を顰める。
そんな大智を見て、紅寧は自分のおみくじを大智に差し出した。
「はい。大兄」
「へ?」
「これ、持ってて」
紅寧にそう言われ、大智は紅寧が引いた大吉のおみくじを受け取る。
「これでプラマイゼロでしょ」
紅寧はニッコリと笑顔を浮かべた。
「おみくじってそういうもんだっけか?」剣都が横から口を出す。
「もう! 剣兄は黙ってて!」
紅寧が剣都に怒号を飛ばす。
「すまん……」
妹の圧に負けた剣都は素直に謝った。
「じゃあ、私のも」
今度は愛莉が大智におみくじを渡した。
「おいおい。愛莉もかよ……」
剣都が寂しそうに言う。
「これでいいの。これで、大智も大吉になったでしょ?」
「そういうこと! ……なのか?」
剣都が冷汗を垂らして訊く。
「そういうこと。こういうのは気持ちの問題なんだから。とにかく、これで剣都も大智も今年の運勢は同じ! これで心置きなく実力勝負って言えるでしょ?」
そう言って愛莉はニコッと微笑んだ。
神社からの帰り道。
大智と剣都、愛莉と紅寧に別れてそれぞれ並んで歩いていた。
「そういや選抜の発表っていつだったっけ?」
大智が剣都に訊く。
「確か、一月の終わり頃だったな」
「そっか。ま、中国大会準優勝校なんだ。順当にいけば選ばれるだろ」
春の選抜を賭けた秋季大会。
夏の甲子園ベスト八まで残った港東高校は新チームへの移行が他校より遅れながらも、地区予選を順調に勝ち抜き、県大会へ出場した。
しかし、県大会では前チームが三年生が主力のチームだったこともあり、試合経験不足から苦戦を強いられることとなった。
だが、新チームで四番に座った剣都の活躍もあり、接戦をものにした港東高校は試合を追うごとに成長を重ね、中国大会へと駒を進めた。
中国大会では接戦をものにしたという自信と県大会の勢いそのまま、決勝まで勝ち進んだ。
決勝では土壇場で逆転を許し、六対四で敗れ、惜しくも優勝は逃していた。
「多分な。けど、やっぱ、正式に決まらないと落ち着かねぇもんだよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ」
「ふ~ん。ま、今の時期にそうやってドキドキしていられるだけで羨ましい限りだけどな」
大智はそう言って天を仰ぐ。
「来年の今頃はどっちがそうなってるだろうな」
「どっちも。だったら最高だけどな」
「そうだな。俺らが甲子園で試合をしようと思ったら、春の選抜しか可能性はないもんな」
「そういうこと。今年一回限りの大勝負」
「けど、くじ運次第がでかいってのがな~」
剣都が悩ましい顔を浮かべる。
「そうなんだよな~。もし、県大会の初戦なんかで当たっちまったら、港東が選ばれる可能性はまずなくなるもんな」
大智が言う。
それを聞いた剣都は眉間に皺を寄せていた。
「何でうちが負ける前提なんだよ」
「そりゃあ、俺が完封するからな」
大智は真顔でそう返した。
「ほう。誰がどこを完封するって?」
剣都は顔を引きつらせている。
「俺が港東をだよ。当然、お前にホームランを打たせる気はない」
喧嘩口調で言う大智。
しかし、大智の発言に引っかかりを覚えた剣都は眉を顰めていた。
「ホームランを? ヒットは打たれてもいいのかよ」
「そこまで傲慢じゃねぇよ。お前相手にヒットなら許容範囲。後続を抑えればいいんだよ」
「簡単に言ってくれるな。けど、今年のチームもそう甘くはねぇからな。まだ前チームほどの破壊力はねぇけど、今年は今年でなかなかやるぜ」
剣都は大智を睨みながら、口元をニッとさせた。
「お前こそ、夏の俺のままだと思うなよ」
「思ってねぇよ。一切な。どうせ、一段も二段も進化してんだろ?」
「まぁな」
大智は不敵に笑った。
「まぁでも、その前に夏だ。いつ当たるかはわからんけど、試合、楽しみにしてるからな」
剣都はそう言って拳を体の前に掲げた。
「おう。当たるまで負けんなよ」
大智も同じように拳を体の前に掲げる。
「お前がな」
二人は互いの拳を突き合わせた。
「大智! 剣都!」
先を行く愛莉が呼んでいる。
側では紅寧も二人を呼んでいる様子であった。
「今行く!」大智が返事を返す。
「走るか?」愛莉に返事を返した大智が剣都に訊いた。
「おう」剣都が頷く。
そして二人はスタートの構えをとった。
「よーい」
二人の様子を察した紅寧が大声で叫ぶ。
「ドン!」
新年、青空の下。
気持ち新たにスタートを切った二人。
高校二年生の年は一体どんな波乱が待ち受けているのか。
次回、二年生編スタート!
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