第二章

第40話 バカ言ってんじゃねぇよ

「入ったー! 打球はバックスクリーンへ一直線! 場内総立ち! 港東高校サヨナラツーランホームラン! 決めたのは、そうこの人。昨夏、一年生ながら初打席初ホームランという華々しいデビューを飾り、一躍スターに躍り出た、黒田剣都。四番に座り、チームの主砲となって帰って来た選抜の舞台でも見事その仕事をやってのけました」

 剣都のサヨナラホームランに興奮する実況のアナウンサー。

 競った試合に会場からは温かい拍手が送られている。

 舞台は、まだ肌寒さが残る中、盛り上がりを見せる春の甲子園。

 ではなく……。

 新年度を前に賑わう、春のテーマパークでございます。


「きゃあ~」

 急降下するジェットコースターで紅寧が叫ぶ。

 その顔には笑顔が浮かんでいる。

「いぃ~」

 一方、紅寧の隣に座っている大智は眼球が飛び出しそうなほど目を見開いていた。

「ふぅ~」

 楽しむ紅寧。

「あぁ~」

 うな垂れる大智。

「やっほ~」

 紅寧はジェットコースターを心から楽しんでいる。

 反対に大智は……。

 チーン……。

 魂が抜けた後の抜け殻のようになっていた。

 ジェットコースターから降りた二人は、次のアトラクションに向かわず、近くで休憩できそうな場所を探し、腰を下ろした。

「だ、大丈夫? 大兄」

 休憩できそうな場所を見つけると、すぐに腰を下ろした大智を見て、紅寧が心配そうに声をかける。

「お、おぅ……。なんとか……、な」

 と言うものの、腰を下ろした大智は、力が抜けたようにぐでぇとなっている。

 声にも力がない。

「大丈夫……、じゃないよね?」

 その様子を心配そうに見つめる紅寧。

「大丈夫、大丈夫。久しぶりだったから、ちょっと驚いただけだ。今のでもう慣れた。ちょっと休んだら次行くぞ」

 大丈夫だと言い張る大智だが、今の一回だけでも見るからに疲弊し切っている。

 そんな大智の姿を前に紅寧の顔は曇ったままである。

「本当に大丈夫なの? 大兄、無理してない?」

「大丈夫だって。無理なんかしてねぇから。俺のことは気にすんな」

 はきはきとした口調で言う大智。

 しかし、紅寧の顔色は変わらない。

「で、でも……」

 そう言いながら紅寧は俯く。

「大・丈・夫! いいか? 俺に気を遣って遠慮なんかするなよ。今日はノートのお礼と紅寧の合格祝いも兼ねてんだからな。遠慮なんかしたら絶対に許さないからな!」

 大智は真剣な眼差しで紅寧をじっと見つめる。

 そんな大智の真剣な眼差しと言葉を受けた紅寧は目を潤ませていた。

「大兄……」

 紅寧が潤んだ目を擦る。

「うん、わかった。じゃあ、少し休んで大兄が回復したら、私が行きたいところじゃんじゃん行くからね。カッコイイこと言ったんだから、ちゃんと付いて来てよ?」

 紅寧はそう言うとニコッと笑顔を浮かべた。

「おう! じゃんじゃん来いや」

 大智は胸を張り、握り拳で自身の胸を一つ叩いた。


 時は少し進み、お昼時。

「大兄、本当に何も食べなくてもいいの?」

 昼食を取る為にパーク内にあるカフェテリアに入った二人。

 普通に食事を取る紅寧に対して、大智の前には飲み物しか置かれていなかった。

「ん? あぁ、注文しようとは思ったんだけどな。意外と腹減ってなかったみたいでな。多分、朝飯いつもの調子で食ったから、食い過ぎだったみたいだわ」

 大智はそう言って愛想笑いをする。

「嘘でしょ?」

 紅寧が睨む。

「いや、ほんとに」

 大智は紅寧から視線を逸らした。

「視線、逸れてるよ?」

 紅寧は変わらずじっと大智を見つめている。

 観念した大智は本当のことを話し出した。

「ジェットコースター乗ってから気持ち悪くて……。食べ物が、喉を通りません……」

 大智はボソッと呟くように言った。

「もう……。それならそうと言ってくれればよかったのに。大兄、やっぱり絶叫系苦手なんでしょ?」

 紅寧が眉尻を下げて大智に訊く。

「別にそんなことは……」

 大智は顔を横に大きく背ける。

 それを見て紅寧ははぁっと息を漏らす。

「無理しなくてもいいよ、大兄。もうわかってるから。本当は絶叫系のアトラクションが苦手なのに、私の為に我慢して一緒に乗ってくれてるんでしょ? もういいよ。私はその気持ちだけで十分だから。午後からは大兄も落ち着いて楽しめるアトラクションに行こう?」

「バカ言ってんじゃねぇよ」

 紅寧が言い終わった直後、大智は語気を強めて言った。

「え?」

 その声に紅寧は驚く。

「前にも言ったけどなぁ、男が言ったことをそう簡単に取り下げられっか。俺に気を遣って遠慮するなつったろ? いいか? 時間が許す限り、紅寧が行きたかったところ全部行くぞ。いいな?」

 大智はギリッとした目で紅寧をじっと見つめる。

「大兄……」

 紅寧の目には涙が滲んでいた。

 紅寧はすぐにそれを手で拭って、続けた。

「わかった! じゃあ、もう本当に気にしないからね。もし、大兄がぐったりしてても引っ張って次行くから」

 紅寧はまだ潤む目で笑顔を作って言った。

「あぁ、そうしてくれ」

 大智は優しく微笑む。

「よし。じゃあ、これ食べたら、すぐに行くからね」

「おう」

 二人は再びパーク内に繰り出して行った。

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