第12話 可能性があればいいのか?

 グラウンドに賑やかな歓声がこだましている。

 春の清々しい青空の下、千町高校では朝から球技大会が行われていた。

「あ~、どっかに野球が上手い奴いたりしねぇかな~」

 他のクラスが行っているソフトボールの試合を眺めながら大智が呟く。

「いないから苦労してるんだろ?」

 大智の隣に腰を下ろして、同じようにグラウンドを眺めている大森がぼそりと言った。

「だよな~」

 大智はそう言うと空を仰いだ。

「あ~、次の試合まで暇だし、愛莉の様子でも見てくるかな~」

 大智はそう言うと空を眺めるのを止め、立ち上がろうとした。

 愛莉は体育館でバレーボールの試合に出ることになっている。

「ん?」

 立ち上がろうとしている大智の横で突然大森が声を漏らした。

「どうした?」

 大智はその声を聞いて大森の方に顔を向ける。

「大智、危ない!」

 大森が突然大きな声で叫んだ。

「あん?」

 大森の大声を聞いた大智は反射的に大森の視線の先に目を向けた。

 大智の視線の先には青い空をバックに白い点が大智目がけて飛んできていた。

「げっ!」

 それを目にした大智は咄嗟に向かって来ているボールから身を守る行動をとった。

 大智目がけて飛んで来ていたボールが大智の一メートルほど右横に落下する。ボールはそのまま勢い良く転がって行った。

「あっぶね~」

 転がって行くボールを見ながら大智が呟く。

「大丈夫か、大智」

「あぁ。そんなことより、誰だ、今の打球を飛ばしたのは? こんなとこまでところまで飛ばすなんて俺らでもそうできるもんじゃないぞ」

 そう語る大智の目はキラキラと輝いていた。

「あいつだよ」

 大森が一塁側にいるチームを指差す。

「どれ?」

「ほら、あの一番端。片足立てて座ってるやつ」

「なるほど……。あいつか」

 大森が示していた男は見るからに体格が良く、他の生徒とは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。それを感じとった大智が大森を見つめる。大森も同じように大智の顔を見つめていた。

「いたな」

 大智が顔をニヤッとさせる。

「あぁ。いた」

 大森もニヤッと微笑み返した。


「おい。何の用だ」

 球技大会を終え、昇降口から教室までの道のりを一人歩いていた上田刀磨は、突然その歩みを止めると、進行方向を向いたまま、怒りを交えた声を発した。

 その声を聞いた大智が物陰から出て来る。

「すまん、すまん。別に後を付けるつもりはなかったんだ。声をかけるタイミングを伺っていただけで……」

 背中を向けたまま大智の話を聞いた上田はそこまで聞くと、大智の方に振り向いた。

「野球ならやらねぇぞ」

「まだ何も言ってないだろ?」

 大智は苦い顔を浮かべた。

「ふん。大方、ソフトの試合で俺の打球でも見て誘いに来たんだろ?」

 上田が馬鹿にしたような口調で大智に言う。

「わかっているなら話が早いな。そうだ。お前を野球部に誘いに来たんだ。あんな打球を飛ばせる奴はそうはいないからな。なぁ、一緒に野球やらないか?」

 大智は真剣な眼差して上田を見つめた。

「言ったろ。野球はやらねぇ。まぁ、正確にはできないって言った方が正しいけどな」

 上田はそう言うと、フッと自嘲的に笑っていた

「どうして?」

 大智が顔をしかめる。

「肩がぶっ壊れてんだよ。使いものにならねぇくらいにな」

「どれくらいなら投げられる?」

「塁間がやっとさ。それもひょろ球でな」

 上田は相変わらず自嘲気味に話した。

 その表情にはどこか寂しさが混ざっているようだった。

 上田の話を聞いた大智は黙り込んでいた。

「わかったらどっか行きな」

 上田が踵を返す。

 だが、大智はその場で何やらぶつぶつと呟き出していた。

「ふむ。まぁ、ファーストなら何とかなるか。この夏までには間に合わんけど、来年の夏までにならなんとか……」

「おい。何をぶつぶつ言ってやがる」

 大智の独り言を耳にした上田は再び大智の方に振り返った。

「ん? いや、お前にどこで出てもらうかをだな……」

 大智が何食わぬ顔で言う。

「おい! 何勝手に俺が入るって決めてやがる。さっきも言っただろ。俺は野球はやらねぇ。できねぇんだよ」

 上田が怒りを爆発させる。

「できるだろ?」

 大智は上田の怒りなどお構いなしに相変わらず何食わぬ顔をしていた。

「なんだと?」

 上田は眉をひそめた。

「あれだけの球を飛ばせるんだ。今のうちならバッティングだけでもお釣りがくるよ。それに守備は送球機会の少ないファーストならできないことはないだろ?」

「そんなことして何になる」

 上田が大智を睨む。

「あん?」

「将来、野球で飯を食っていけるわけでもねぇ、甲子園に出られる可能性があるわけでもねぇのに、野球なんてやって何になるんだってんだ」

 上田は訴えるように大智に言った。

「可能性があればいいのか?」

「あぁっ?」

「甲子園に出られる可能性が感じられれば野球部に入ってくれるのか?」

 先ほどまでの何食わぬかとは一転して、大智の顔には真剣みが帯びていた。

「ふん。人数が揃うかどうかもわからないこんな田舎の学校で、そんな可能性を感じられるとは思えないが……。いいぜ。それが出来たら野球部に入ってやるよ」

「言ったな。男に二言はないぞ」

 大智が顔をニッとさせる。

「あぁ、たりめぇだ。その代わり、俺が可能性を感じられないと判断した場合は二度と野球部の誘いになんか来るんじゃねぇぞ」

 上田はキッとした目つきで大智を睨んだ。

「あぁ、いいぜ。約束だ」

「よし、交渉成立だ。んで、その可能性とやらはいつ見せてくれるんだ?」

「いつでもいいぜ。何なら今からでも」

 大智が上田を見つめる。

「ふん」

 上田は軽く顎を上げて大智を見下していた。

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