第58話 ピッチャーライナー

 キーンと金属音が響いて打球が右中間に飛んで行く。

 打った大智は一塁を回り、二塁へと滑り込んだ。

 五回と六回の表を三者凡退で終え、迎えた六回の裏。

 二アウトランナーなしでバッターボックスに立った大智は右中間への二塁打を放った。

 二アウト、ランナー二塁。

 四番の上田。

 千町スタンドからは、何とか先制の一打を、とエールが送られるが、上田は敬遠で一塁へと歩かされてしまった。

 二アウト、ランナー一、二塁。

 五番の大森が打席に向かう。

 前の打席にチャンスでダブルプレーとなってしまった責任もあってか、この打席の大森はかなりの集中力を発揮している。

 キンッと鋭い金属音が鳴り、痛烈な打球が三遊間を破って行く。

 二塁ランナーの大智が三塁を回る。

 が、そこでストップ。

 打球が速く、レフトの打球処理も早かった為、ホームには帰れないと三塁コーチャーが判断し、大智を止めた。

 これで二アウトながら満塁のチャンス。

 バッターボックスには六番の遠藤。

 前の打席に続いて、二度目のチャンスの場面に遠藤のスイングには力が入っていた。

 表情も少し硬い。

 遠藤の放った打球は大きく跳ねて、ショートの前へ転がって行く。

 ショートの大月が思いっきり前へチャージをかける。

 遠藤も懸命に一塁へと走った。

 大月がボールをショートバウンドで処理し、素早く一塁へと送球する。

 遠藤は飛び込むように一塁ベースにヘッドスライディングをした。

 タイミングはほぼ同時。

「セーフ!」

 一塁塁審が両手を水平に広げる。

 次の瞬間、千町高校サイドから大歓声が上がった。

「ホームだ!」

 キャッチャーの白神が歓声を蹴散らすように叫ぶ。

 二塁ランナーの上田が今のプレーの間に、三塁を回ってホームへと向かっていた。

 それに気が付いたファーストは、急いでホームの白神へとボールを送った。

 上田がホームへ滑る込む。

 ファーストからのボールを受けた白神が滑り込む上田の足にタッチに行く。

 傍から見たタイミングは……アウト。

「アウト!」

 球審の手が上がる。右手の拳。

 上田は悔しそうに地面を叩いた。


 六回の裏に最後までランナーにいた大智は、ほとんど休む間もなく、水分補給だけして、マウンドに向かった。

 惜しみなく注がれ続ける太陽の光。

 熱を吸収した黒土のグラウンド。

 試合は……終盤。

 休む間もなくマウンドに向かった大智は、これまでに比べて明らかに疲労の色が見て取れた。

「ここだな」

 投球練習をする大智を見て、白神が呟く。

 目元をキッときつくさせている。

 勝負所と睨んでいる目。

 七回の表、谷山の攻撃は一番の白神から始まる。

 白神が打席に立つ。

 これまでのような余裕のある表情ではない。

 真剣そのもの。

 虎視眈々と獲物を狙う獣のような目つきをしている。

 その初球。

 白神が大智のストレートを捉える。

 会心の当たり。

 痛烈なライナーがピッチャーの大智に向かって飛んで行く。

 大智は慌ててボールから体を逃がせようとする。

 が、何せ打球が速い。避けられない。

 シュッと白神の打球が大智の顔の横を通って、抜けて行く。

 大智はボールを避けようとした勢いでその場に転げた。

「大智!」

 大森が叫ぶ。

 大智はすぐに手を上げて、無事だと大森に示した。

 大智が無事なことが確認出来た大森は、ホッと肩を撫で下ろしていた。

 ノーアウト、ランナー一塁。

 ここから大智のピッチングが狂い始める。

 大智は二、三番に対し、一球もストライクを取れずに連続の四球を与えた。

 コントロールの良い大智にしては珍しいこと。

 大智の異変を感じ取った大森は、すぐにマウンドへ向かった。

「大丈夫か、大智。フォーム、少し乱れてるぞ」

「えっ……?」

 大智が驚いたように返事を返す。

「左手、全然使えてなかったぞ」

 大智はピッチャー返しを気にしてか、投げる際の左手の引きが甘くなっていた。

「あ、あぁ、そうか。それでか……」

「ピッチャーライナー、気にしてるのか?」

 大森の質問に大智は、いや、と言いながら首を横に振って否定した。

「じゃあ、無意識か……。まずいな……」

「大丈夫だよ。わかればすぐに修正できる」

「バカやろ、そんな簡単にいくか。いいか、今まで無意識で出来ていたことが意識しないと出来なくなったんだ。それだけで神経を使うし、無駄な体力も使う。何より、今まで絶妙なバランスで投げていたフォームがどこかを意識することで崩れてしまう可能性だってなくはないんだからな。とにかく、一回気持ちを落ち着けて、これまで何千何万回やってきた自分のフォームを思い出せ。変にどこかを意識して力むなよ」

 大智は大森のアドバイスに、わかった、と首を縦に動かして返事を返した。

 ノーアウト満塁で試合が再開する。

 バッターは四番から。

 とはいえ、谷山の場合は前の三人に比べてレベルが落ちる。

 大森からフォームの指摘を受けての初球。

 塁が全部埋まった為、大智はしっかりと足を上げていた。

 ゆったりとしたフォーム。

 大智が初球を投じる。

 勢いのある球が大森のミットに吸い込まれるように収また。

 球審のストライクコールが久々に響き渡る。

「チッ……」

 今の大智の投球に、白神は三塁で舌打ちをしていた。

 悔しそうな表情。

 この球でリズムを取り戻した大智は、四、五番を連続三振に切って取った。

 調子を取り戻した大智の顔に生き生きとした表情が戻っていた。

 そんな大智の様子に白神はギリッと歯を鳴らす。

 白神はベンチに向かって、何やら指示を出し始めた。

 それを受けて、谷山のベンチが慌ただしく動く。

 ネクストにいた六番バッターがバッターボックスに向かわず、ベンチに下がった。

 代わりに背番号十六番をつけた選手が出て来た。

 代打、背番号十六、星田がアナウンスされた。

 グラウンドに出て来た星田が軽く素振りをする。

 スイングは悪くない。が、恐怖を感じるほどではない。

 星田への初球は外角低めのストレート。

 星田は見逃す。

 判定はストライク。

 二球目もストレート。

 星田が打ちに来る。

 だが、タイミングが遅い。

 空振り。

 チャンスで出てきた星田だったが、あっという間に追い込まれた。

 大智のストレートに全く付いていけていない。

 三球目、大森は念のため、星田からストレートの意識を逸らす為に、外へボールになる変化球を要求した。

 振ってくれれば儲けものだ。

 大智は要求通り、外角低めのボールになる変化球を投げ込んだ。

 その球に星田は体が前傾になったが、バットは振らなかった。

 それを見て大森は、よし、と思った。

 四球目、大森はストレートのサインを出した。

 大智は自信に満ちた顔で頷く。

 大森は外角低めへドンとミットを構えた。

 その時だった。

 三塁ランナーの白神はどういうわけか、口元をニッと笑わせ、不敵な笑みを浮かべていた。

 そんなことを知る由もない大智は星田に対してストレートを投じた。

 次の瞬間。

 大智は、気が付いた時には既に体のバランスを崩していた。

 世界がスローモーションになる。頭は真っ白。

 そのまま何も出来ず、大智はその場に倒れた。

 意識が鮮明になると左足に激痛が走った。

 大智の足に当たって弾かれたボールは、キャッチャーの前へと転がっていた。

 大森が素早く処理して、一塁へと送る。

 アウト。スリーアウト、チェンジ。

 しかし、足にボールが直撃した大智は、足を押さえたまま動けないでいた。

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