第7話 可愛いからだよ
「大智、どこ行ってたんだ?」
校門の近くまで戻って来た大智の許に大森が駆け寄ってくる。
「あれ? そういえば愛莉ちゃんの姿が見当たらないな」
大智の許にやってきた大森は辺りを見渡して、愛莉の姿を探した。
「愛莉はやっぱり無理そうだったから止めさせた。泣いてしもうたから、人目のつかない場所に連れて行ってたんだ」
「そっか。やっぱり難しかったか……」
大森が悲しそうな表情をして呟く。
「あぁ」
大智も大森と同じように悲しそうな顔をしていた。
「でも、人見知りの激しいあの愛莉ちゃんが手伝うって言ってくれたのには驚いたな」
大森の顔に少しだけ嬉しそうな表情を浮かぶ。
「そうだな」
大智はその目に哀愁を漂わせながらも、左右の口角を少しだけ上げていた。
「愛莉に気を遣わせない為にも頑張らないとな」
大智は校門から続々と入って来ている人だかりに目を向けた。
「だな。頑張ろうぜ」
大森が大智の前に拳を突き出す。
「おう」
大智は大森の拳に自分の右手の拳をコツンとぶつけた。
「あん?」
突然、大智が何かに反応する。
「どうした?」
大森は驚いて大智に訊いた。
「何かあっちの方が騒がしくないか?」
大智は声が聞こえて来ている方を指で示した。
大森は大智が示した方に耳を傾けた。
「ほんとだ。何か賑やかな声がするな」
「だろ?」
「どうする? 行ってみるか?」
「あぁ。行ってみようぜ」
大智がそう答えると、二人はすぐに騒がしい声がする方へと向かった。
二人が賑やかな声がする場所に近づくと、何故かそこには男子が群がっていた。それを見た二人はその集団の人混みをかき分け、塊の中心付近まで無理やり入って行く。中心付近に辿り着いた二人は目を丸くして驚いた。
「あ、愛莉!?」
大智が叫ぶ。
そこには男子に囲まれながらチラシを配る愛莉の姿があった。
愛莉の手元にあるチラシはみるみるうちに減っていき、あっという間に愛莉の手元からチラシが消えてしまった。
愛莉の手元にあるチラシがなくなると次第に騒ぎは落ち着いていった。騒ぎが落ち着くと、愛莉は大智と大森がいることに気が付き、二人の許へと駆け寄った。
「大智! 大森くん」
「何がどうなってんだ?」
大智は眉をひそめながら愛莉に訊いた。
「私もよくわからない」
愛莉は夢でも見ているかのようなふわふわとした状態になっていた。
「よくわからないって?」
大智が首を傾げる。
「あの後、大智を見送った後ね。やっぱり悔しくって、もう一回頑張ってみようと思ってあそこでチラシを配ろうとしたの。とにかく一枚だけでもと思って一枚配ってみたら、その後は気がついたらあんなことになってて……」
愛莉は俯いた状態で話した。
それを聞いた大智と大森は互いに目を見合わせていた。
「ま、愛莉ならわからないでもないな」
大智は一つ息を吐いてから話した。
「だな」
「え? どういうこと?」
愛莉は二人を不思議そうな顔で見つめている。
「そういうことだよな?」
大智が大森に問いかける。
「そういうことだな」
大森は言い切るように言った。
「二人ともさっきから何のこと言ってるの?」
愛莉は困ったような表情で二人に訊いた。
大智と大森は愛莉からそう問われると再び目を見合わせた。
大森が大智に話すように視線を送ると、少し間を空けてから大智が話し始めた。
「愛莉が可愛いからだよ」
大智は愛莉と目を合わせないように、顔を横に向けて言った。
「へ?」
愛莉は不意を突かれたようにキョトンとした表情をしている。
「だ・か・ら! 愛莉が可愛いって噂が広まったから男どもが群がってきたんだよ」大智は口をとがらせながら愛莉に説明した。
「そんなこと……」
愛莉が声をくぐもらせる。
「そうなんだよ」
大智はきっぱりと言い切った。
「でもどうする? 愛莉ちゃんが配るとチラシが捌けるのはわかったけど、このまま愛莉ちゃん一人で配らせるわけにはいかないだろ?」
大森が大智に問う。
「そうだなぁ。今日みたいなことになるのはまずいよなぁ」
大智は手を顎の下に付けて考えを巡らせ始めた。
「ごめん……」
二人の会話を聞いた愛莉が声をくぐもらせながら謝罪の言葉を述べる。
それを聞いた大智は一旦考えるのを止めて愛莉に声をかけた。
「愛莉が謝ることじゃないだろ?」
「でも、また私のせいで迷惑かけちゃってるし」
愛莉は悲しそうな表情をして俯いている。
「気にすんなって。今回のことは予想外の出来事だったんだし。それに愛莉のおかげで今日だけでもかなりの数が配れたんだ。本当に助かったよ」
大智はそう言って、愛莉に向けて優しく微笑んだ。
「そうそう。俺らの数日分は配ってるよ」
大森も笑いながら優しく愛莉に話かけた。
「威張れることじゃねぇけどな」
大森が話した内容を聞いて大智がすかさず大森にツッコミを入れる。
ツッコミを入れられた大森は苦い顔をしながら大智を見つめていた。
「それで、愛莉はどうしたい? 俺らはこれまでの分だけでも愛莉には十分過ぎるくらい助けてもらったと思ってるし、もの凄く感謝してる。だからこれ以上は無理してまでやろうとすることはないぞ? 勿論、愛莉がまだやりたいって言うなら止めはせんけど」
「私は……」
愛莉はそう言うと少し間を空けてから続きを話し始めた。
「やりたい! 出来る限り二人の力になりたい!」
愛莉は真剣な目で大智と大森を交互に見つめた。
二人は愛莉を見つめたまま、黙り込んでいた。
大智がふーっと息を吐き、口を開く。
「わかった。じゃあ、明日も頼むよ」
大智は眉をハの字にしながらも少し嬉しそうな表情をしていた。
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