第68話 全力の球をお前のミットに
「剣都との勝負は決勝までお預けか……」
夏の選手権大会地方予選のトーナメント表を見ながら大智が呟く。
大智ら千町高校は、剣都のいる港東高校とは反対のブロックにいた。
大智と剣都の高校最後戦いは甲子園出場をかけた決勝戦で行われることとなった。
「いいんじゃねぇか、その方がわかりやすくて」
大森が言った。
「まぁな。勝った方が甲子園に行けるという決勝の大舞台で、愛莉との約束をかけて、剣都と真剣勝負ができる。これ以上ない舞台だし、気合も入るってもんよ」
そう言って大智はにっと笑顔を見せていた。
それを見て、大森はにっと笑って見せた。
「そして、憎き谷山は当たるとしたら準決勝だ」
トーナメント表に目を落としながら大森が言った。
「だな。そういや、谷山は去年の夏以降、ピッチャー狙いを止めてるんだろ? 白神のやつ、改心でもしたか?」
大智が訊くと、大森は難しそうに首を傾げていた。
「どうだか。あいつのことだ、今年の夏に向けて今は爪を隠してるだけかもしれねぇぞ」
「……確かに。改心するようなたまじゃねぇか」
「そういうことだ。まぁでも、今は当たるかどうかわからない相手のことを考えるのはなしにしようぜ。目の前の試合一つずつに集中しないとな。夏は何があるかわからないし、油断は禁物だからな」
「わかってる。一戦必勝、だろ? 剣都と公式戦で戦えるのはこれがラストチャンスだからな。それまでは何があっても負けるつもりはねぇし、何が何でも勝ちに行くぜ」
「そっか。わかっているならよし」
大森は安心した様子を浮かべていた。
「ところでだ、大智。どこが勝ち上がってきても、準決勝、決勝のマウンドはお前が上がることになると思うけど、そうなれば当然、決勝の剣都との勝負は連投の不利な状態での勝負になるぞ。それでも剣都に勝つ自信はあるか?」
大森が訊くと、大智は視線を外し、天井を見上げるようにして言った。
「ねぇよ、自信なんて」
「は?」
大森は怪訝そうに首を傾げた。
「今の剣都を抑えられる自信を持ったやつなんて全国探したっていやしねぇよ。俺だって例外じゃねぇ。ただ俺にできることは、その時の全力の球をお前のミットに投げ込むだけだ。無我夢中でな」
大智はふとした微笑みを浮かべた。
「そうだな。そういやお前、剣都にまだまだ負け越し中だったもんな」
大森が冗談めかして言うと、大智は顔を引きつらせ、苦笑していた。
「それを言うな……。けど、だからといって今回も負けるとは限らねぇからな。前に勝負した時からはもう二年が経ってんだ。あいつも成長しているだろうけど、俺もこの二年で相当鍛えて、成長したんだ。成長した俺の姿をあいつに見せつけてやるよ」
そんな大智の意気込みを聞いた大森は口元をにっと笑わせていた。
「そっか。じゃあ、楽しみにしてるぜ、相棒。目の前で怪物を抑えるところを見せてくれよな」
「任せとけ」
大智と大森はコンッと互いの拳を合わせていた。
「今までお疲れ様」
昨年から二人三脚で続けてきた通学ロードワーク。
いよいよ大会まで二週間前に迫ったとある日の帰宅時に紅寧が言った。
「あん?」
大智は息を切らしながら、不思議そうに首を傾げていた。
「練習後の走り込みは今日でおしまい。もう大会も近いしね。これからは大会に向けてコンデションを整えていかないと」
「俺は別に大丈……」
「ダーメ! 休むのも、コンディションを整えるのも練習の一つだよ。大会まであと二週間。ベストな状態で大会に臨まないと。決勝には辿り着きました、けどバテましたじゃ元も子もないんだからね。これからは練習で体に刺激を入れるくらいに走って、練習後はしっかりと回復に努めること。わかった?」
紅寧は大智に言い聞かせようと、少し語気を強めて言った。
「わかったよ。紅寧の言う通りにする」
歯切れはあまりよくないが、納得したように大智は言った。
「うん、お願いね」
紅寧は優しく微笑んだ。
「じゃあ明日から紅寧はどうするんだ? バスで帰るのか?」
「そのつもりだけど……どうかした?」
大智はそれを聞くと、少し考えるようにしてから口を開いた。
「んー、いや、何だ……。今まで一年以上こうやって二人で帰ってたから、今更一人で、ってなると寂しいというか、どうも調子が狂いそうでな。もし紅寧がいいなら、大会が終わるまでの残りの時間、一緒に自転車で帰らねぇか?」
大智は恥ずかしそうに右頬を人差し指で掻きながら言った。
大智の誘いを受けた紅寧ぱぁっと顔を明るくして頷いていた。
「勿論、OKだよ。嬉しい!」
嬉しそうにする紅寧の様子を見て、大智はホッとしたように肩をなで下ろしていた。
「じゃあ、明日からもよろしくな!」
「うん」
紅寧は満面の笑みを大智に送った。
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