第35話 来年、そこに立っているのは

「いった~! フェンス直撃! 一塁ランナーは三塁を回ったー。そして、ホームイン。港東高校、初回、一点先制!」

 テレビの実況の声。

「決勝の舞台でも、いきなり、この人のバットが火を噴きました。今、大注目。港東高校、恐怖の二番、一年生、黒田剣都。ノーアウト一塁から先制のタイムリーツーベースを放ちました」

 一回戦、千町高校に不戦勝という形で勝利を収めた港東高校。

 二回戦以降は自慢の強力打線に火が点き、コールドに次ぐコールドで決勝まで駒を進めていた。剣都は剣都で二回戦以降もしっかりと結果を残し、勝ち進むうちに、周りにその名が知られるようになった。

 今では今大会の要注目選手に上げられるようになっていた。

「まさか本当に大注目されるようになるとはな……」

 大智がスマートフォンの画面を見ながら苦笑を浮かべる。

「ほんと、まさかここまでやるとはな。あいつの凄さはわかってたつもりだったけど、改めて力量の差を見せつけられた感じだな」

 隣で一緒になって画面に映し出される試合を見ている大森が言う。

「あぁ。ほんと、いつも俺の一歩も二歩も先を歩きやがる」

「追いつけるか?」

「追いつくさ。来年までには必ずな」

 大智は画面を睨むように見ながら言った。

「つっても、来年、新入生が入って来ないことには何も始まらないけどな」

「いや、それを今言う?」

 大智は虚をつかれた顔を大森に向けた。

「キャッチャーだからな。仕事柄、常に状況を冷静に判断してないといけないんだよ」

「お前、そればっかだな……」

 大智は苦笑を浮かべて大森を見つめる。

「まぁ、いいや。それよりもこれからどうするかだよな。秋、どうする?」

「監督がどう考えとるかはわからんけど、今からじゃ到底間に合わんだろ。それに現状、ピッチャーは大智しかいないしな。一年の時から無理するこたぁねぇよ。来年の春まではしっかり基礎体力の向上に使えばいいさ。それこそ来年以降の戦いに向けてな」

 それを受けて、大智は考える。

 そして、概ね納得した表情を見せて、話し始めた。

「う~ん。ま、それもそうだな。公式戦の経験を積めないのは痛いけど、そうした方がよさそうな気がするな」

 大智は自分に言い聞かせるように頷く。

「行ったー! 四番桜木、渾身の一発~! 港東高校、初回、三点目~!」

 興奮止まらぬ実況の声。

「どうやら俺らが眠った獅子を完全に起こしたみたいだな」

 大森がスマートフォンの画面を指し示す。

「こりゃあ、優勝したら俺らに感謝してもらわないとな」


「ほんと、ほんと」

「にしても、特に桜木さんはあの試合以降、絶好調だよな」

 大智が訊く。

「確かに。今、打ちそうな雰囲気がバンバンに伝わってくる。それこそ、お前に抑えられたのが相当悔しかったんじゃないか?」

 大森が冗談交じりに訊く。

「かもな。剣都に聞かされたよ」

「は? 何を?」

 半分冗談のつもりだった大森は目を丸くして驚いていた。

「桜木さん、あの試合の後ずっとバット振ってたんだってさ。そりゃもう血相変えて必死になってたって」

「なるほど。道理で、あの試合の最終打席のような怖さがあるわけだ」

 大森は至極納得がいった様子を浮かべる。

「あの時は何とか抑えられたけど、今の雰囲気を持った桜木さんがいる港東とやるとなったらきついな。しかも剣都もいるし」

「だな。初回からこれだけの雰囲気を出されてたら、追い込まれてたのは俺らの方だったな」

「ま、一発勝負のトーナメント。油断は禁物ってこった。どっちにとっても、今後に向けていい勉強になったんじゃね?」

「そうだな。そういう意味でも今後に向けて意義のある試合だったのかもな」

「改めて気を引き締め直させられたよ」

「きっと港東も同じことを思ったんだろうな。だからここまで相手を圧倒して勝ち進んで来てる」

「あぁ。この試合も初回に三点先制したのに一ミリも油断する素振りがねぇ」

「一回戦であれだけ痛い目見たんだ。少なくともゲームセットがかかるまでは気を抜かないだろ」

「だろうな」

 試合は終始、港東高校優位で進んだ。

 港東高校は初回以降も、順調に得点を重ね続け、十対二の大幅リードであとアウト一つのところまでやって来た。

「打球はライト黒田の許へ! 黒田、足を止めたー。そして……、がっちりキャッチ。アウトー! 十対二。港東高校、優勝! 七年ぶり、見事、甲子園の切符を手にしました」

 盛り上がる画面の奥。

 画面にはマウンドに集まり、人差し指を立て、上に掲げる港東高校のメンバーの姿が映し出されている。皆、満面の笑みである。

「見てろよ。来年の今頃、そこに立ってるのは俺らだからな」

 大智は立ち上がり、スマートフォンの画面に向けて、そう告げた。

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