あの日誓った約束

第87話 無様なピッチング

　三回を終え、両チーム共に未だノーヒット。

　四回の表、千町高校の攻撃は先頭に戻って一番の難波から。

　難波はセーフティバントで出塁を試みるが、僅かな差でアウトとなった。

　だが、続く二番の遠藤が外角低めの球を上手く拾って、サードの後ろにぽとりと落とし、この試合初のヒットが生まれた。

　そして現在、打席には三番の大智が立っている。

「打ったー！　痛烈な当たり！」

　目にも止まらぬ速さのライナーがサード方向に飛んで行く。

「と、捕ったー！　サード、ファインプレー！　あぁっと、一塁飛び出している」

　打球が抜けると思い、飛び出していた遠藤は慌てて一塁へと戻った。

　サードは立ち上がるとすぐにボールを一塁へと投げた。

　遠藤は頭から滑り込む。

　ほぼ同じタイミングでファーストのミットにボールが収まった。

「セーフ、セーフ」

　一塁塁審の腕が左右に開かれる。

　千町高校側からは安堵する声があちらこちらから漏れていた。

　港東高校側からは一塁がセーフになったことに対して残念がる声も上がっていたが、すぐにサードを称賛する拍手へと変わっていた。

　鋭い当たりで、まだ走り始めだった大智は、バットを握り締めてベンチへと戻って行った。

　その際、打席に向かう上田とすれ違いざまに軽く会話を交わした。

「すまん。あとは頼んだ」

「任せろ。誰かさんが無様なピッチングを続けなくてもいいように何としてでも点を取って来てやるよ」

　顔を合わせず、言葉を交わした二人。

　上田の言葉に大智は反応して振り返ったが、上田は既にバッターボックスへと向かっていた。

（無様な……ピッチング？）

　まだ一巡目を抑えただけとはいえ、強力な港東打線をノーヒットに抑えたのだ。

　それなのに無様なピッチングだと？

　何故、上田はそんなことを言ってきたのか。

　大智はベンチに戻りながら、ベンチに戻ってからも、上田に言われた言葉を頭の中で反芻し続けた。

　上田の言葉を頭で反芻していた時、大智はいつの間にか自分が手をぎゅっと握り締めていたことに、ふと気が付いた。

　固く握り締めていた拳をゆっくりと開いていく。

　開いた手は細やかに震えていた。

　上田からかけられた言葉によって心に現れたモヤモヤとした気持ち。いや、気づかないようにしていただけで、そのモヤモヤとした気持ちは元からあったのかもしれない。

　いずれにせよ、そんな心の中で蠢く嫌な気持ちを消し去るように、大智は一度開いた手を、今度は自分の意思でぎゅっと握り締めた。

　その頃、グラウンドでは上田が有言を実行していた。

「打ったー！　打球は左中間を抜けて行く。一塁ランナー、二塁を回って三塁へ。ああっと、三塁も回った。ボールはセンターから中継、黒田の許へ。黒田ホームへ送球。矢のような送球！」

　遠藤がホームに滑り込む。

　同時に剣都から矢のような送球を受けたキャッチャーが遠藤の足にタッチにいった。

「判定は……」

　球審の右手が上がった。

「アウト！」

　球場に拍手とため息の声が沸き上がった。

「港東高校、あわや一点を失うところでしたが、ショート黒田による見事な返球でホームをアウトにしました。チームの大黒柱である黒田剣都。守備でもチームを盛り立てます。今のプレー、いかがだったでしょうか？　葉山さん」

「いやー、見事な送球でしたね。ここしかない、というところにドンピシャでした。少しもたついてしまった外野のミスを帳消しにする素晴らしいプレーでした。今のはチームが盛り上がりますよ。一方、結果的にはアウトになってしまいましたが、積極的にホームを狙って行った遠藤君も私は評価したいですね。次が五番の大森君ですから無理をする場面ではないようにも思えますが、相手は格上の港東高校ですからね。そう何度もこういったチャンスはやってきません。多少無理をしてでも果敢にホームを狙うくらいでなければそう点は取れません。守りに入っていては流れも奪えませんしね。事実、今のも少しでも球が逸れていれば、一点が入り千町高校が先制していたわけですから。そうなれば流れは確実に千町高校に傾いていたことでしょう。流れが相手に渡ってしまえば、いくら戦力的に勝っていたとしても、試合の行方は危うくなります。それが野球というスポーツですから。まぁ、たらればを言っても仕方ありませんけどね。とにかく、今のプレーは試合の行方を左右したプレーだったと言っても過言ではないでしょう」

　先取点のチャンスを逃した千町高校だったが、雰囲気はそれほど悪くはなかった。

　ベンチでも残念がる声は上がっていたが、積極的に攻めて行った遠藤と、ヒットを放った上田を称賛する声へと変わっていった。

　だが、勢いはファインプレーの出た港東高校にある。

　ここで勢いづかせて流れを相手に持っていかれるわけにはいかない。

　流れは相手に傾きかけている。

　こちらに引き戻さなければ。

　大智は気を引き締め直して、四回の裏のマウンドへ登った。