第37話 青春だね~
「行ったー!」
実況の声と共に打球がレフトスタンドへ吸い込まれて行く。
「港東高校、二番黒田。一年生ながら、何と甲子園初打席、初ホームラン!」
「おいおい。やりやがったぞ、あいつ……」
大智はテレビ画面を見ながら呆然としていた。
「あ、あぁ。マジでバケモンだな……」
大智の隣でテレビを見ている大森も呆然と画面を見つめていた。
ホームランを放った剣都がダイヤモンドを一周してホームに還ってくる。
ホームに還ってきた剣都は次のバッターとタッチを交わすと、すぐにはベンチに向かわず、アルプススタンドに拳を掲げてからベンチへと戻って行った。
すると、それがわかってか、画面はアルプススタンドを映し出した。
画面に愛莉の姿が映る。
「あ、愛莉」
それを見て、大智が呟く。
画面に映った愛莉は自校のベンチに向けて拳を掲げていた。
顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「ほんとだ。いい顔してるな」
大森が画面の愛莉を指差して言う。
「予選の時に打った高校初ホームランは素直に喜べなかったからな。今は誰かさんのことなんて気にしなくていいから、素直に喜べてるんだよ」
大智は少し投げやりな言い方で言う。
「悔しいか?」
「あぁ、滅茶苦茶な。まぁでも、いいさ。来年、あの笑顔は俺が貰うからな」
大智はそう言うと、注意を画面の向こう側へ戻した。
試合は剣都の先制ホームランで勢いづいた港東高校が優位に進め、七対二と相手を圧倒した。
そして、初回の先制ホームランを含む三安打を放った剣都は試合後、インタビューに呼ばれていた。
「こりゃあ、スター街道まっしぐらだな」
インタビューを受ける剣都を見て、大森が言う。
「一時の光を勘違いしなけりゃな」
大智は険しい表情で画面を見つめている。
「剣都が勘違いすると思うか?」
「しねぇな。あいつなら、絶対に」
「だろ?」
「勘違いしてたら、俺がコテンパンにしてやるからな」
大智は画面をギッと睨む。
それを聞いて大森が思う。
(そうだよ。剣都は大智がいるから、大智は剣都がいるから。お前らは周りに惑わされることなくずっと上を目指せるんだ)
「ほんと、お前らが羨ましいよ」
大森が小声で呟く。
「ん? 何か言ったか?」
大智が大森の方に振り向いて訊いた。
「ん~にゃ。何も」
大森は窓ガラスから空を見上げた。
数日後。
「春野~。ちょっと」
監督の藤原が手招きをして大智を呼ぶ。
「はい」
それを受けて、大智が藤原の許へとやって来た。
「ほい、これ」
藤原が大智に折りたたんだ紙を一枚、手渡した。
「何ですか? これ?」
大智は髪を受け取ると、開く前に藤原に訊いた。
「まぁ、とりあえず見てみろって」
そう言われて、大智は手渡された紙を開く。
大智は紙に書かれた内容にざっと目を通した。
「練習メニューですか?」
「あぁ」
「ダッシュ系のメニューが多いですね」
大智が再び紙に目を通しながら訊く。
「そうだ。言ってみれば野球は、短時間にいかに素早く動いたり、力を伝えたりできるか。そしてそれを試合終了まで、どれだけ繰り返し発揮し続けられるかが鍵になるスポーツだろ」
「なるほど……。言われてみれば確かにそうですね」
「だろ?」
「えぇ。んじゃあ、早速やってきます」
大智はそう言うとすぐさま練習に向かった。
「あ、待て!」
自身から離れて行く大智を藤原が呼び止める。
その声を聞いた大智は、足を止めて踵を返した。
「どうしました?」
「一応言っておくが、無理はするなよ。お前は放っておくとすぐに無茶するから」
「大丈夫ですよ。ちゃんと気を付けますから」
大智は自信満々に答える。
「本当に?」
それに対して藤原は疑いの目で訊く。
「本当に」
大智はキッとした目を藤原に向けた。
「ほんとに本当に?」
「ほんとに本当に!」
二人は顔を近づけて言い合った。
「……ま、ならいいんだ」
藤原が先に顔を離す。
「あ~でも、タイム計測する人はいた方がいいな~。お、そうだ! 春野の監視係も含めて、秋山ちゃんに頼んでみるか」
「愛莉は今、甲子園ですよ」
「でも、応援は日帰りだから、試合のない日はこっちにいるんだろ?」
「それはまぁ、そうですけど……」
「じゃあ、頼もう!」
「いや、ダメです!」
大智はきっぱりと断りを入れた。
「何で?」
「少なくとも、港東の甲子園が終わるまではダメです。今はあいつの応援に集中させてやってください」
大智は真剣な眼差しを藤原に向けた。
それを見て、藤原は力を抜いて、息を吐く。
「はぁ……。春野、お前な……」
「何ですか?」
「あんまり遠慮してると、取られちまうぞ」
「はい?」
大智は何のことやらわからないといった表情を浮かべている。
「好きなんだろ? 秋山ちゃんのこと」
「いや、それは……」
大智は藤原から顔を逸らし、言葉を詰まらせる。
「大丈夫だよ。みんなわかってるから」
「違うんです」
大智は再び藤原に視線を戻して言った。
「何が違うんだ?」
「愛莉のことが好きなのは認めます。でも、俺らには約束があるんです」
「約束?」
藤原は首を傾げる。
「俺と港東の黒田。愛莉は自分を甲子園に連れていってくれた方を選ぶって」
「何だそれ?」
「ガキの頃に誓った約束です」
「それでやたらと彼を意識してたのか」
藤原は納得がいったような表情を浮かべた。
「えぇ……。まぁ、正直、それはありました。けど、試合であいつを意識していたのは、あいつの実力を警戒してのことですよ」
「わかってるよ。ま、何にせよ、青春だね~」
そう言って藤原は、どこか楽しそうな表情を浮かべながら、その場を後にした。
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