第80話 のんびりとしたお目覚め

 四回の裏、五回の表は共に三者凡退。

 試合は五回の裏を迎えていた。

 中盤を迎え、未だノーヒットどころかランナーを一人も出せていない千町高校。

 この回先頭バッターの上田には「何とか出塁を」と皆から懸命な声援が送られている。

 上田は二度のファウルボールでニストライクと追い込まれるが、その後もファウルを打ち続けていた。

 何度かファウルボールを打っているうちに、上田のスイングは多村の球にタイミングが合うようになってきていた。

 それは周囲から見ていても明らかで、千町高校サイドからの声援は、次第に大きくなり、皆の期待感が高まっているのがわかった。

 カウント、二ボール二ストライク。

 上田に対しての九球目。

(甘い!)

 多村が投げたボールを見て上田はそう判断した。

 ボールは真っすぐこちらに向かって来ている。

 だが、これまでの球と比べて威力は感じられない。

 明らかな失投だ。

(もらった!)

 ボールを打ちに行く。

(捉えた)と思った。

 タイミングは完璧。

 間違いなく長打だ。

 と思ったのだが……。

(なにっ!?)

 インパクトの瞬間、突然視界からボールが消えた。

 当然、バットにボールが当たった感触もなかった。

 上田は一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 スイングを終えた後、上田はゆっくりとキャッチャーに目をやった。

 キャッチャーは地面すれすれの場所でボールを捕球していた。

「フォーク……だと」

 上田は悔しそうにグッと歯を食いしばる。

 その表情のまま、踵を返してベンチに戻って行った。


「おいおい。真っすぐとカーブだけでも手一杯だってのに、フォークとかマジで笑えねぇぞ……」

 上田の空振り三振を見て大智が呟いていた。

「あんな球があるなんて聞いてなかったけど……」

 大智は紅寧に問いかけた。

「私も……初めて知った……」

 紅寧は険しい表情を浮かべながら、あれこれと思考を巡らせていた。

「紅寧も知らないってことは、相手はかなり用意周到に準備をしてたってことか……。対港東用ってところか?」

「多分……ね。ここで見せたのは上田先輩を警戒したのと、スタンドで見ている港東に対してのけん制だろうね」

「つまり、既にうちは眼中にないってことか」

「そうとまでは言わないけど、決勝のことを考える余裕を持って投げられているのは確かだろうね」

「舐めやがって……」

 大智は拳をギュッと握った。

 が、すぐにその力を抜いた。

「……って、未だノーヒットどころか、ランナーを一人も出だせてない以上、何も言えないよな……」

 そう言って大智は顔を引きつらせていた。

「だね……」

 紅寧は気まずそうに言った。

 続く五番の大森はストレートに詰まり、ボテボテのショートゴロに倒れていた。

 六番の岡崎はカーブでタイミングを外され、最後はストレートに振り遅れ、空振りの三振に倒れた。

 五回の裏終了。

 千町高校未だランナーを出せず。


 六回の表。

 晴港高校の攻撃は再び四番の山崎から始まる。

 大智はファウルボールで追い込んだ後、最後はストレートで詰まらせ、山崎をセンターフライに仕留めた。

 この日初めて山崎を抑え、大智はセンターがボールを掴んだ瞬間、小さくガッツポーズをしていた。

 山崎を打ち取ったことで勢いづいた大智は、五番平岡、六番多村を詰まった当たりの外野フライに仕留めた。

「なぁ、おい。何かあいつの球、速くなってねぇか?」

 ベンチに戻って来て、上田が大森に訊いた。

「速さだけじゃねぇよ。球のキレもキレッキレだ」

「やっぱりそうか。しかし、どうしてまた急に? 何かあったのか?」

「いや、何も。多分、相手が強敵だからだろ。大智は昔から追い込まれれば追い込まれる程、集中力が増して、力を発揮するタイプなんだよ。これまではそこまで追い込まれる場面がほとんどなかったから見られなかっただけで、言えば、これが大智の本当の姿なんだよ」

 それを聞いた上田は、はぁ、と呆れたように息を吐いていた。

「たくっ……。随分とのんびりとしたお目覚めだな」

「全くだ……」

 大森は視線を逸らし、苦い顔を浮かべていた。

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