第56話 不穏な足音

 試合は四回の表まで進み、依然、0対0のまま。

 谷山の攻撃。打者は先頭に帰って、一番の白神から始まる。

 初球、白神はこれまでのバッターと同様、バントの構えからバットを引いてボールを見送った。

 白神はマウンドからダッシュで降りてくる大智を見ると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

(にゃろう、お前もかよ……)

 大智はマウンドに戻りながら、心の内で呟いていた。

 だが、そうではなかった。

 白神は二ストライクに追い込まれると、バントをしにはいかず、一打席目同様、ファールで粘った。

「またかよ……」

 大智は投げる球を立て続けにファールにされ、少し苛立ち始めていた。

 空は夏のカンカン照り。太陽の熱が惜しみなく注がれた黒土のグラウンドはまさに灼熱地獄。上からも下からも熱が押し寄せてくる、蒸し風呂状態になっている。

 当然ながら、大智の額からは大量の汗が流れ出ていた。

「これで三振しやがれ!」

 大智が渾身のストレートを投げ込む。

 だが、白神は初回とは違い、その球をいとも簡単にフォールにした。

「なっ……」

 大智は呆然とする。

 そんな大智を見て、白神はにんまりと笑っていた。

「くそっ」

 大智がストレートを投げ込む。

 しかし、余計な力が入り、ボールはストライクゾーンから大きく外れる。

「フォアボール」

 余計な力が入るようになってしまった大智は白神を四球で一塁に歩かせてしまった。

「タ、タイム」

 大森がタイムをかけてマウンドに向かう。

「力入り過ぎだ」

「わりぃ。つい、ムキになっちまった」

 大智が悔しそうに謝る。

「ま、歩かせちまったもんはしょうがねぇ、切り替えろ。それより、次だ。この試合初めてランナー、しかも、それがあの白神だ、何を仕掛けて来るかわからねぇぞ」

「あぁ」

 大智と大森は横目で一塁ランナーの白神をこっそり見る。

 白神はマウンドにいる二人を見下すように見ていた。

「中盤に入ってくるし、無警戒ってわけにはいかんけど、あんまり気にし過ぎるなよ」

「わかってるよ。走って来たら任せるぞ」

 大森は大智からそう言われると、おう、と返事を返して自身のポジションへと戻って行った。

 谷山の二番、大月が打席に立つ。

 バッターボックスに入った大月はバントの構えを見せている。

 大智がセットポジションに入る。

 一塁ランナーの白神がリードを取った。

 それほど大きくない、寧ろ小さいくらい。

 大智は白神の様子を伺いながら、大月へ初球を投じた。

 白神が動く気配はなかった。

 相手の様子を警戒したバッテリーは初球を外に外した。

 ボール球と判断した大月はバットを引いて、ボールを見送った。

 二球目、大月はストライクゾーンに来た球をバントに行くが、バットの上っ面に当てた。

 ボールが後ろに飛んで行く。ファールボール。

 三球目。

 大智が投げた瞬間、大月はバントの構えからバットを引いて、打つ構えに入った。

(バスター!)

 バントで来るものだとばかり思っていた大智はバント処理に向かおうとしていた。

 大月の動きを見た大智はハッとし、慌てて足を止めようとした。

 ――次の瞬間。

 金属音が鳴り響き、鋭い打球が大智目がけて飛んで行く。

 大智はボールに当たらないようにと必死に体をのけ反らせると、そのまま後ろに倒れてしまった。

 ボールは大智が反射的に出したグラブを弾いて、大智の横を転々としている。

 ショートが大智の弾いたボールを拾いに来る。

 しかし、その後はどこにも投げられない。

 一、 二塁ともセーフ。

 プレーが一段落すると、大森は慌てて大智の許へと駆け寄った。

「大丈夫か、大智!」

 大森が問いかけると、大智は、大丈夫、大丈夫、と言って地面から立ち上がった。

「怪我は?」

「ねぇよ。当たったのはグローブだ」

「そうか……。ならよかった」

 大森は安堵の表情を見せた。

 大智がマウンドに戻り、ノーアウトランナー一、二塁から試合が再開する。

 三番の景山への初球……。

 またしても痛烈な打球が大智を襲う。

 大智はまた何とかボールにグラブを当てた。大智のグラブを弾いたボールは、運良く大智のすぐ側に落ちた。

 大智はすぐにそれを拾って、サードへと投げた。

 大智からの送球をサードの岡崎が受けて、一アウト。続けて岡崎は二塁へとボールを送った。二塁もアウトで、二アウト。

 二塁でボールを受けた大西は更にボールを一塁へと送った。

 ファーストの上田がボールを捕る。

 そのすぐ後に、景山が一塁ベースを踏んだ。

「アウト!」

 一塁塁審が右手を掲げる。

 千町高校サイドが大盛り上がりを見せる。

 四回の表、ノーアウト一、二塁のピンチを見事トリプルプレーで凌いだ。

 微かに不穏な足音を残して……。

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