第27話「開会式」

「なんだか不思議な感じの方ですね」

 上村が去った後、小森が簡潔に感想を述べる。

「不思議というか、いけ好かない感じだな。囲碁は強いんだろうか」

 続けて、浅堀もコメントする。

「どうなんだろう。ちょっとなんとも言えないな」

 平静を装ってはいたものの、もう一生会うことはないと思っていた上村がおよそ十八年ぶりに目の前に現れたことに驚倒しており、彼の話はあまり頭に入っていなかった。先ほどチーム名も言っていた気がするが、すでに私の記憶からは抜け落ちている。


「Aクラスだから、強いんじゃないですかね。何段で出ているか知らないけど」

「“バカルディ・ゴールドの夜明け”か。意味わかんないけど要注意だな」

 小森と浅堀の会話により、上村のチーム名を把握できた。

 バカルディ・ゴールドは確か酒の名前だった気がするが、正確にはわからない。

 

「まあ、とにかく一回戦頑張りましょ」

 スマートフォンで時間を確認してから、小森と浅堀に向けて言う。

「ですね!」

「うっす!」

 九時五十八分。運営スタッフが、まもなく開会式が始まりますと呼びかけている。

「あ、私ちょっとお手洗い行くので、先に席ついててください」

 そう言って、駆け足でトイレへと向かった。


* *


 ほかの大会と同様、開会式では主催者と審判棋士による紋切り型の挨拶の後、大会のルールと注意事項の説明がなされた。

 上村のせいでやや熱が上がったのではないかと危惧きぐしながら、私はぼんやりと彼らの声を聞き流す。普段ならば、早く対局したいとはやる気持ちを抑えるほうへと意識を向けるのだが、今日に関してはロキソニンの服用のタイミングや、明日の日勤に差し支えないかという身体的コンディションのほうへと意識は偏っていた。斜め前の最前列に、姿勢を正してつまらない話を傾聴する上村が見える。


 上村は私と異なり、大人の前で良い恰好をする子どもだった。

 先ほど上村が話していたように、私は当時からテストで高得点を獲得する技術に長けており、その数値の高さをすなわち学力と仮定するならば、私の学力はクラスの中でトップだった。対して中の中程度の学力しか持たず、ほかにさほど秀でたものもなければ性格のよさを備えているわけでもない上村に興味関心を抱く理由は見当たらず、まるで眼中に置いていなかった。

 しかし、当時の五年二組の環境において担任の首藤真純しゅとうますみから評価されるのは学力の高い私ではなく、彼に追従ついしょうしなおかつ周囲のクラスメイトたちとも当たり障りのない関係性を築く上村だった。

 対して、首藤に気に入られなかった私は次第にクラスの中で居場所を失うことになった。


「それでは、対局を始めて下さい」

 名も知らぬ中年の女流棋士が、対局開始を宣言した。

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