第51話「挑発的な小太り」

「それはそうと池原、ご自慢の上智大学を卒業してからずいぶん経つけど、何の仕事してるんだ?」

 柚葉ゆずは色のメガネのブリッジをくいっと持ち上げながら、上村が人の悪い笑みを浮かべて尋ねる。


「そんなこと、なんでお前に話す必要がある?」

 昼食をとった時にマスクを外してから再度付けるのを忘れていたことに気付き、ズボンのポケットからマスクを出して装着しながら答えた。

「なんだ、答えられないのか? 聞かれちゃまずいような仕事でもしてるのかなぁ?」

 他人の揚げ足を取ったり、興を削いだりするような言動は子どものころと変わらないが、それにしてもこんなに挑発的もしくは挑戦的な態度をとる男であっただろうかと、私はマスク越しに訝しげな顔を作る。


「福祉施設で働いてる」

 大げさに嘆息した後、面倒くさそうに答えた。

「へぇ。具体的には?」

「障害者の方の日中支援、および夜間支援」

「ほほう。日中支援というのはいわゆるデイサービス、夜間支援というのは施設に泊まっている人の世話をするっていうことでいいのかな?」

「その通り。お前にしては理解が早いな」

「ボクの祖母が長年、谷保やほのデイサービスに通っていたんだ。付き添いで何度か行ったこともあるし、なんとなくイメージできるよ。障害者の施設ではなかったけどね。まあその祖母も去年、老衰で亡くなってしまったんだけど。享年八十四歳だったな」

 私の嫌味に顔色ひとつ変えず、上村はその場にいる誰も興味のない身の上話を展開する。


「それはお気の毒なことで」

 心にもないコメントを素気すげなく返したところで、浅堀が駆け足で戻ってきた。


「上、どうでした?」

「まだもめてた。ありゃ、まだしばらくかかりそうだな。スタッフたちも頭抱えてたわ」

 小森の問いかけに、浅堀は右手でさっぱりとした短髪をいじりながら半笑いで答える。

「そっかぁ。いつになったら始まるんですかねえ、四回戦」

 タイムスケジュールでは四回戦開始は十五時半となっているが、すでに時刻は十六時にならんとしている。

「とりあえず、十六時半になったら集合してくれってさ」

「ありがとうございます、浅堀さん」

 私が礼を述べると、浅堀は目だけで微笑みながら頷いた。


「それなら、まだ時間はあるね。さっきの話に戻るけどさ……」

 そう言うと、上村は不自然に数秒のを置き、再度口を開いた。


「上智大学出てその仕事って、恥ずかしくないの?」

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