第50話「演技派気取りの小太り」

「いいかげんにしてくださいよ!」

 黙って聞いていた小森が、上村を一喝いっかつする。

「誰だって、調子のいい時もあれば悪い時もある。あなただってそうでしょう? 昼休みにも言ったかもしれませんが、悦弥さんは微熱があって体調が悪い中、必死で対局しているんです。その気持ちがわかりますか?」

 

 こんなに血が燃えている小森を見るのは、今日が初めてだった。

 持ち前の快活さや爽やかさを発揮し、普段誰とでも気持ちよく接する彼が盤外でこうも他人に厳しくあたる場面を、私は見たことがない。自分のためか、もしくは浅井のためであればわかる。でもそうではなく、私などのために。そう思うことは不遜だろうか。単純に、目前の男の卑劣な物言いに気分を害しただけかもしれない。


「悪いけど、部外者は口を挟まないでもらえますかね。これはあくまでボクと池原の問題、アナタ方には関係ない」

「チームメイトが侮辱されていて、関係ないってことはないだろ!」

 浅堀が、まなじりを決して反論する。

「まあ、それは一理ありますか。別にアナタ方に用はないので、聞きたくなければ席をはずしてくださいな。ボクはこの男とお話したいだけなので」

 上村の返答に、浅堀は軽く舌打ちした。


「こいつの話はろくでもないから、二人とも先に会場戻っててもらって大丈夫だよ。巻き込んで申し訳ない」

「いえいえ。それならなおさら、悦弥さんを置いてはいけませんよ」

 小森が、いつもの爽やかな調子で私の提案を却下する。

「そうだな」

 浅堀の同意の後、上村が舌打ちした。

「まあでも、ちょっと上の様子見てくるわ。四回戦の時間も確認しないといけないしな。すぐ戻るから、二人はそこで待っててくれ」

 そう言って、浅堀が駆け足で二階へと向かった。


「はぁ……どうしてみんなこんな男のために。同情か? 哀れみか? 嗚呼、見苦しや……」

 浅堀を目で追い、上村が肩をすくめて両手の平を上向きにする。海外ドラマなどでありがちなゼスチュアだが日本人が日常的に用いるものではなく、生で見たのは初めてかもしれない。“嗚呼”の部分は、先ほど私の全敗をあざけった時と同じ動きをしている。

「囲碁以外に演劇サークルにでも入ってるのか? センスがあるようには見えないけどな」

 上村の大仰おおぎょうな演技を見終え、真顔で感想を述べる。

「フン。そんなしょうもない皮肉しか言えないとは、かわいそうな男だね。まあ、三戦全敗じゃあ仕方ないかぁ」

 

 母親の手を引かれて通りかかった小学校低学年と思しき少女が、調子づいた演技派気取りの小太りに対し、なんだこいつはと言わんばかりの視線を投げかけていた。

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