第49話「水差し王子」
「ここにいましたかぁ、天真流露の皆さん」
声がするほうへ振り向くと、案の定上村がいた。両手をチノパンのポケットにつっこみ、にやにやと品のない笑みを浮かべている。
「またか」
予想はしていたが、今日だけでもう三度目。本当にこの男は、人が気分よくしていると狙っているかのごとく介入してくる。私は思わず嘆息した。
思い返せば、小学生の時からそうだった。
そろばん教室の帰り、近所のモスバーガーで一人で夕食をとりながら学芸会の台本に集中していた最中、偶然居合わせた上村から声をかけられた。その時は母親も一緒で、親子揃って瘦せっぽちの貧相な体型だった。師走の図工の授業中、苦心の末に描き上げた絵を眺めて悦に入っているところに水を差してきたのも彼だった。あの時描いた母の絵を、私は一生忘れない。
「三菱商事は、去年・一昨年と無差別クラスにいたんですよ。でもさすがに、
小学時代とは打って変わって贅肉に富んだ丸顔をゆるめ、上村がとくとくと語る。
「それで、用件は何ですか?」
どうでもよい裏話にうんざりしていると、小森が突き放すような口調で返答した。
「まあまあ、そう言わずに。皆さんも観ていたでしょうが、二階は対局トラブルが続いていて、まだ四回戦は始まりそうにないですから。こうしてお喋りでもして時間を潰すのも悪くないでしょう?」
「いやぁ、お前と話してるぐらいなら、駅前のカフェ・ド・クリエでコーヒー飲んでくるわ」
浅堀が、軽蔑を含んだような半笑いで上村の問いかけに異を唱える。
この大会を通じ、彼は案外愉快な男かもしれないと感じていたが、その推測がいま確信へと変わる。
「それなら、エクセルシオールのほうが広くておすすめですよ。文教堂の隣」
カフェ・ド・クリエも嫌いではないが、あの店舗は狭い上に目の保養となる女性店員もおらず、おすすめする気にはなれない。
「そっすか~。じゃあちょっくら行ってくるか」
「ホントに行くんすか」
エントランスのほうへ向かうゼスチュアをする浅堀に半笑いでツッコミを入れると、上村はきゅっと顔をしかめた。
「フッ、まあいい。しかし長身のアナタ、浅堀さんでしたかね? ここまで三連勝とはすばらしいですなぁ。四段申請は少々遠慮気味ではあーりませんかぁ?」
上村の言い方はさておき、強豪相手にここまで土付かずなのは浅堀だけで、本当にたいしたものだと思う。
「それと、イケメンのアナタは……確か小森さんでしたね。さっきは負けていましたが、それでも二勝ですか。六段でここまで勝ち越しは立派ですねぇ」
上村が、どこか馬鹿にするように拍手をする。
「でもって残るはっと……これという特徴のない地味メン代表の池原くん……嗚呼、無残にも全敗!」
この台詞を言うのを待ち望んでいたことが、上村の情感たっぷりな声音から伝わってきた。右手を額に当てて上体を反らす演技まで加わり、呆れるほどに芝居がかっている。
「君は小学生の時、僕や他のクラスメイトたちのことを馬鹿にしていたね。ちょっと自分のほうが勉強ができるのをいいことに」
またその話かよと、私は深いため息をおとす。
「でもさぁ、今のキミはただのお荷物だよね。チームにとって」
「まあ、その通りだな」
「ボク、ここまで全勝なんだよねぇ。キミと同じ、六段で」
"キミと同じ"の部分を強調し、
「それはたいしたものだな」
「まぁ、相手に恵まれたところもあるだろうけどねぇ。でもさぁ、全勝と全敗って、あまりにも差がありすぎだよね。月とスッポン。いや、
言われっぱなしでいるのは不快ではあるものの、紛れもない事実なので二の矢が継げず、正面から受け止めるしかなかった。
「どうですかぁ? かつて馬鹿にしていた奴に見下される気分は」
閑散としたロビーに、饅頭みたいな
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