第4話「作為的な冷たさ」
「お待たせしました。ブレンドコーヒーとBモーニングです」
注文してから五分ほどで、中年の男性店員が運んできた。どうせなら先ほどの女性に持ってきて欲しかったと思うが、キャバクラでもなければ風俗でもないのでそこまでは望めまい。
ルノアールのモーニングは数種類あるが、少し前に新しいメニュウになったらしく、リニューアル後は初利用だ。
Bモーニングはドリンク代に百三十円プラスして付けられるメニュウで、モーニングの中で二番目に安い。百三十円という金額は一見安く思えるが、ドリンクはどれも六百円ほどかかるのでトータルで七百円以上。コストパフォーマンスは決して高くない。
しかし、上質なおしぼりに品の良い女性店員、加えて
何しろ、仮病は自発的に勝ち取った休日。真面目に働くだけ馬鹿を見る世の中であり、仕事に追われてプライヴェートが
Bモーニングは、ハムチーズフォカッチャサンドとゆで卵とスープのセット。総額は安くないものの、たった百三十円の上乗せでこの内容が付いてくるという点に、あたかもお得な買い物をしたかのような感覚にさせられる。まったくうまいものだと、出来立てのフォカッチャを食べながら舌を巻いた。
食事を終えてしばらくスマートフォンをいじりながら休み、カップに少し残ったブレンドを
熱いコーヒーは冷めないうちに味わいたい人が多いと思うが、私はこういう冷めきったコーヒーが好きだ。好きという表現が正確かどうかはさておき、飲み慣れた温度だ。むろん温かいまま飲むコーヒーも好きだが、たいていの場合、およそヤクルト一本分ぐらいの量をあえて残して冷たくしてから摂取する。その行為は、冷めた目線で世界を斜めに捉え、たいていの物事に対して割り切った態度で挑む自分に似合いのものだった。
子どものころからそうだった。コーヒーに限らず紅茶でも緑茶でも、しばしばそのように作為的な冷たさを生成した。歪んでいたのだろうか。
小学時代、陽の当たる場所に馴染めなかった。クラスの皆が協力や団結により温かくなる中、私ひとりが冷えていた。その温かさに同化したかったわけではない。自分なりの正義を貫いた結果、冷えることを選んだのだ。
大学二年の時に光蟲と出会って以降、私の心の温度は少しずつではあるものの上昇していた。しかし大学を卒業し、紆余曲折を経て今の仕事に就いてからというもの――今年で入職四年目だ――、ブレンドを冷まして飲みたいと欲する日が増えたように思う。小学時代と事情は違えど、日々の生活に情熱を灯しづらくなった。
コーヒーを飲みきったところで、先の女性店員がサービスのお茶を運んできた。
このお茶は早く帰れという催促ではなく、どうぞごゆるりとお寛ぎくださいという肯定的なサインであることを、長年様々な場所のルノアールに通うことで感じ取った。斜め前に座る壮年のサラリーマンが日経新聞を広げている。
時刻は八時五十分。職場では朝礼が終わり、私が所属する部署では環境整備に利用者の受け入れ準備にと忙しくしているころだろう。欠員が出たため、普段に増して慌ただしくしている様子が目に浮かぶ。
本来ならば、その中にいるはずだった。決して居心地が良いとは言えずかつ退屈な空間から逃れ、自分は今こんなにも
温かいお茶を飲んでから再度の小用を済ませ、鞄からWALKMANを取り出す。インナーイヤー型の気に入りのイヤフォンをつけ、GARNET CROWを再生させながら睡眠タイムへと転換した。
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