第38話「怒れる小太り」
「性格が悪いだって? どの口が言うのかな?」
「なんだよ」
以前に増して、うんざりした表情で答える。
「あなた方は知らないでしょうが」
そう言って、上村はひとつ咳払いをした。
「この池原悦弥こそ、とんでもない
「えっ?」
小森が、間延びしたした声で呟く。
「こいつはね、小学五年生の時、担任教師からもクラスメイトからもひどく軽蔑されていたんだ。何故かって? 今みたいに、いつも人を馬鹿にしたり、見下すような態度をとっていたからだよ!」
上村の刺激的な発言に、会場内にいたほかの選手たちが振り向いて注目する。
「人よりちょっと勉強ができるからっていい気になって、こいつはクラスの中で好き勝手に振る舞っていた。答案用紙を担任に放り投げて提出したり、苦手な水泳の授業はまともにやらずに済ませようとしたり、クラスの皆が参加しているレクリエーションは、くだらないとか言ってすっぽかしたりもしてたよな!」
小学時代から胸の片隅で燻っていた
「それだけじゃない。算数の授業中、先生の指示でクラスの皆がノートをとっているのに自分だけやらず、先生を怒らせたことがあったよな。そうして授業が中断するだけでも迷惑な話なのに、あろうことかお前は、そのまま荷物をまとめて帰りやがった」
「あぁ、そんなこともあったような気がするな。それで、あの後どうなった? 邪魔者が消えてめでたく授業再開できたかな?」
十八年も前のことをよくもまあ詳細に覚えているものだなと、私は目前の小太りの高性能な記憶の
「ふざけるな! お前の勝手な行動にクラスの連中大騒ぎで、授業どころじゃなかったよ!」
「そんな……悦弥さんに限って」
「マジかよ……」
ここまでの話を聞いた小森と浅堀の顔には、それぞれ困惑の色が生じていた。
「まだまだあるぞ! 秋の学芸会、お前は一度も放課後練習に参加しなかったよな? だから、途中で動きや台詞に変更があったことを知らなかった。それを周りの連中に責任転嫁して、この男は本番の舞台でふざけた態度をとりやがったんだ! 今のはなしだ、テイク・ツーだ、とかなんとか言ってな!」
「くだらないことをよく覚えている」
私は、日ごろからほとんど残業などせずに定時で立ち去ることを信念としており、それは概ね実践できていると言える。先日のように報告書の作成などを押し付けられて遅くなることもまれにあるが、半年に一度あるかないか。年間の残業時間は十時間にも満たないだろう。
その信念は、子どものころから一貫していた。嫌々やらされていることに定刻を過ぎても付き合うなぞ、貴重な人生の浪費にほかならない。ましてや仕事と異なり、超過勤務手当の発生しない小学校においては無駄にした時間を埋め合わせる方策がないので余計にたちが悪い。私は、だから毎日帰りの会が終わると一番に教室を去り、公文に通ったり図書館で自習や読書をするなど実のある行為に励んだ。
「お前にとってはそうでも、ほかの皆にとっては大事なことなんだよ。他人の気持ちを考えられない、冷酷で傲慢な奴にはわからないだろうがな!」
再度辺りを見渡すと、選手たちの多くは私たちから離れた場所にいた。うるさいぞとか
「さっきも言ったが、敗者の気持ちを
私の
「指導碁でもあるまいし、真剣勝負ののちにちょっと辛辣なアドヴァイスをしたことのどこが傲慢なんだよ。それに、今はお前の話をしているんだ。話をすり替えるな」
あの汚い声音をアドヴァイスとリフレーミングするこの男は、やはり救いようのない愚物だなと感じる。
「あっそ。で、ほかの激おこエピソードは?」
私の挑発を受け、上村は眉根を寄せた。
「チームのお荷物になってるくせして、偉そうな態度をとるなよ」
上半身は無地の白シャツの上にストライプが入った紺のテーラードジャケット、下半身は足の太さと短さが強調されるベージュのチノパンという、洒落たつもりでさほど似合ってもいないこうしたファッションは確か"意識高い系"というやつだったかと、上村の言葉を聞き流しながら彼の服装を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます