第16話「眠れない夜を抱いて」

 なにかと体調を崩しやすいにも関わらず、所々に仮病を差し込んでいたずらに欠勤を増やすのは甚だ愚かなことだなと、私は横になったまま嘆息する。


 欠勤には至らなくとも、喉が痛いだの頭痛がするだのといった何通りかのパターンにより近所の内科への通院は、数ヶ月おきの定例イベントと化していた。

 インフルエンザには三年連続で罹患りかんしているが、今年などは三十八度を超えた時点で察し、陽性であることを切望さえした。強制的に四、五日の出社停止命令が下されるインフルエンザは、長期休暇のひとつのようなものだ。辛いのは最初の数日だけで、それも今や慣れたものである。特効薬を飲めばあっという間に楽になるため、出社停止期間の半分以上は通常の休日と大差ない生活を送ることができる。インフルエンザのいの字も耳朶じだにふれない現在、仮病の理由として採用するのは悪手だろう。


 こういう微妙な体調不良にも慣れたものだが、最近あまりなかっただけに弱気が押し寄せていた。かめどもすっきりしないしつこい鼻汁びじゅうと、身体全体の倦怠感。体調が悪いと言うには大げさで、でも黙過もっかできないほどの微熱。三十六度台前半が平熱の身としては、予測値が三十七度を超えていれば動揺してしまう。

 目を閉じて懸命に入眠を試みても意識は明確で、数分でたまらず目を開けた。どこが痛いというわけではないが、普段よりも身体の重い嫌な感覚に付きまとわれ、ベッドの上で考えることは明日――すでに午前一時半なので、正確には今日だが――の団体戦の不安と先月末の仮病に対する後悔だった。


 いや、団体戦のことはそれほど重要な問題ではなかった。それよりもむしろ、翌日からの連勤に私の心身が持ちこたえられるかどうかということだった。

 怠惰で根性なしの私にとっては、一般の社会人なら当然のごとくこなすであろうたかだか四連勤でさえも相当にハードルが高い。先月末のどうでもいい仮病がなければ、大会の翌日は躊躇なく欠勤して三連勤に緩和できたというのに。少しでも具合が優れなければ、それはもはや仮病には該当せず正当な欠勤だ。嗚呼、父の憎き整容グッズよ。


 しかしよくよく考えてみれば、月曜日から四連勤と闘わざるを得ないとすれば、やはり明日の団体戦の結果も大切となる。勝って気分が良くなればともかく、負けまくって意気消沈したところで次の日サァ仕事だとなれば、そんなものは過酷な罰ゲームに他ならないではないか! 体調が優れない中、囲碁も仕事も充分にこなさねばならないとは、まったく世の中というのは過酷なものだ。

 たとえ大会が振るわない結果だろうが多少の怠さを感じようが、例えば浅井のような解語かいごの花が恋人で、励ましのメイルのひとつふたつでも受け取れようものなら奮闘のし甲斐もあるが、私のような努力のできない負け組には所詮は妄想の中でしか実現しない絵空事なのか。


 部屋はむろん消灯し、なおかつ無音でゆったりと休める環境整備はできているはずだが、それでも一向に入眠できる気がしない。

 電波時計を見ると、時刻はまもなく午前二時になんなんとしていた。八時に起床すれば良いのでまだ六時間あるとはいえ、本当ならばたっぷり八時間は眠って体調を整えたいと思っていたので随分なロスタイムだ。


 静寂をまとったところで、かえって余計なことばかりが脳を駆けめぐり、それはむしろ騒音にさえ思えた。WALKMANをスピーカーにセットし、古内東子ふるうちとうこのアルバムをセレクトする。目下の私には、もはや音楽しか味方となり得るものがない。

 再生ボタンを押すと、表題曲『Dark Ocean』の暗鬱あんうつとしたイントロが耳にふれた。

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