第44話「公開処刑」
時計を叩く音が強まった。
言うまでもなく、対局時計は叩くものではなく押すものであるが、このチームは全員そこを履き違えている。形勢有利になると、それを誇示せんとばかりに動作に荒々しさを増すという傾向は私の対局相手も同様だった。
もう戦える場所もほとんどなくなりヨセ勝負の局面だが、地合いは白が苦しい。その上、中央の白一団の眼が薄くなっている。守っている余裕はないので、少しでも黒が応手に悩むような紛らわしい手を打って勝機を待つ。
「くっそぉ! 序盤ははっきり良かったのに!」
横あいから聞き慣れない声がして顔を向けると、相手チームの三将の男が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。どうやら、浅堀が勝ったらしい。
これで彼は三連勝。時計を叩く音に気持ちを乱されることなく、自身の力を発揮して格上相手に勝利するのはさすがとしか言いようがない。
「この辺の折衝で、黒がやや得しましたかね。もっと堅く打っていても白良かった気がしましたけど」
「うるさい! 勝ったからっていい気になるな! 気分悪いわ」
男が、声を
浅堀のコメントは礼節を欠いたものでもなければ、図に乗ったものでもない。対局中のお前の振る舞いのほうがよほど気分が悪いだろうと胸中で呟き、望みの色が消えかけている盤面に意識を向けた。
一勝一敗。私の勝敗がチームの勝敗に直結する状況。主将戦ということもあり、次第に観戦者の数が増えてくる。二回戦で対局した東工大OBの青年もいた。一瞥すると、彼は熱心な表情で盤面に見入っていた。
こうして注目を浴びながら対局することは嫌いではなく、むしろ好きでさえある。もとより私は、目立ちたがりな男だ。ただし、臆病で内向的な性質を備えた、たちの悪い目立ちたがりである。
能動的に物事を行い他人との関わりを持つのではなく、他人のほうから注目せざるを得ない状況を作り出すことで、私は私の中に眠る矜持や承認欲求を満たそうとしてきた。小学生の時から、暗記主体の勉強に精を出してテストのスコアを稼いでいたのも、他者を寄せつけない高得点を出すことで彼らが自然と感心したり一目置いたりするよう誘導している意味合いがあった。囲碁において奇抜な布石を打ち続けているのも、そうした意図が根底にあることは言うまでもない。
観戦者の中に上村が加わった。
彼は、三回戦も勝ったのだろうか。あんな男が勝とうが負けようが興味などないと言いつつも、こうして姿が目に入るとつい意識してしまう。
目立ちたがりと言えども、今回ばかりは都合が悪かった。残り時間は十分を切り、形勢を逆転できる兆しもない。観戦者は優に十人を超えているが、この期に及んで黒から厳しい手の連発で圧倒されるところを見られるだけ。公開処刑もいいところだ。
「負けました」
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