第19話「昔からの遁走癖」
市ヶ谷のカフェといえば、私にとってはここのエクセルシオールカフェである。
エクセルシオールカフェそのものに特別な愛着はないが、この店舗は特別で、良くも悪くも子どものころを思い出す場所だ。
中学入学と同時に、日本棋院のジュニア教室に入会した。
囲碁を本格的に習い始めたのは小学五年生の時で、当時は家の近くの小規模な教室に通っていた。しかし、小学校卒業のタイミングで引っ越ししたのを機に――都内の多摩地区から多摩地区への地味な移動だったが、最寄り駅が南武線沿線から中央線沿線になったことで都心へのアクセスはずいぶんと良くなった――新しい教室を探して入会したのである。
十五級から一級ほどの子どもが在籍する中・上級クラスで、私は前の教室での棋力をもとに十三級からスタートした。初日の対局で同程度の級の生徒を難なく三人負かしたことを講師のプロ棋士に評価され、飛び付けで七級へと昇級した。
毎週土曜日の朝九時半から三時間ほど囲碁にふれた後、母が大学生のころから存続する“カレーの王様”という老舗のカレー屋で昼食を摂ってから、文教堂書店でしばらく本を物色し、その後エクセルシオールカフェでコーヒーを飲んで休むのというのが中学二年の夏前までの恒例の流れだった。当時はまだ今のようなハイテクな音楽機器はなく、ポータブルCDプレーヤーと持ち運び用のCDケースが外出時のお供だった。
ジュニア教室で順当に棋力を伸ばし、中学一年の終わりごろに初段に上がったのと同時に中~上級クラスを卒業し、翌月から有段クラスへと移ることになった。
目標としていた初段に思いのほか早く到達したことで、私は自らの実力を過信していた。しかし、新しい教室は一気にレベルが高くなり、苦戦を強いられることになった。最初の一ヶ月はそれなりに粘っていたものの、途中からまるで勝てなくなり、負け続けることで私の
その結果、七月は受付で月謝だけ払って教室は欠席するという、お得意の逃避行動へと走ったのである。嫌なことに出くわすとすぐに逃げ出す
金をどぶに捨てるだけの愚劣な
店の前で、そうしたくだらない想い出に少しばかり意識を傾けたのち、自動ドアを抜けて中へと入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます