第49話 騒動の結末

 王都へと続く街道沿いを、一つの馬車が駆けて行く。その馬車を操るは一人の兵士。そして荷台には三人の少女が乗車していた。

 三人は、とある戦いを経て王都へと帰還する最中であった。



 ――時は少し戻り、シャルワ祭壇跡前にて。

「よし! 周辺の様子を警戒しつつ窺い、異常が無いか隈なく確かめるんだ!」

 女神クルセイルが去った後、シグルド率いる王国軍は仕掛けられた罠などが残っていないか警邏している。

 そんな中、女神に助けられたとはいえ、消耗が激しいイリア、アンジェ、ネルの三人は、一足先に王都へと帰還する事となった。

「それじゃ、気を付けて帰るんだぞ?」

「兄様もお気を付けて。周辺にまだ何かあるかもしれませんので」

「おう!」

 現場での指揮を執る為、シグルドはこの場に残る事となり、見送りに来ていた。

「ネルも頼んだぜ!」

「はっ!」

「それから……」

 それぞれに別れを済ませて行くシグルドは、次にチラリとこちらを見た。

「何か今回も世話になっちまったようだな」

「成り行き上ではあるけど、別に構わないわ」

「この礼は改めてさせてもらうからよ」

「その必要は無いのだけれど……そうね、機会があれば……ね」

「あぁ!」

 シグルドとの挨拶も済ませた三人は、待たせている馬車の荷台へと乗り込んでいった。

「よろしく頼むぜ!」

「はっ!」

 御者を部下の兵士に頼み、威勢の良い声と共に兵士は馬車を走らせて行った。



 ――馬車の荷台にて。

 帰りの道中、荷台の中ではあの仕掛けについての話題が上がっていた。

「――ところでイリア。あの仕掛けについてなんだけど」

「ん?」

 荷物に凭れ掛かっていたイリアにアンジェは問いかける。

「あんなもの何時の間に用意していたの?」

「あんなものとは?」

「ほら、天空魔法陣とか」

「あぁ、アレね……」

 私は対して気にも留めていない物言いで答える。

「そうね……だったら、初めから順を追って説明するわ」

 そう言い私は此度の仕掛けについて説明し始めた。



「まず、天空魔法陣についてだけど、アレは遺跡跡突入前から既に仕掛けていたわ」

「そうなの?」

 そこで何故かネルが驚いていた。

「まぁ、厳密に言えばネルが合流する前から仕掛けに入っていたんだけどね」

「……あっ! そう言えば、森で何か操作してたっぽいけど、もしかして?」

「そう、それよ」

 確かにイリアは遺跡跡の様子を窺っていた最中、何かを操作している素振りを見せていた。

「それで、何をしていたのかと言うと……」

 チラリとアンジェの方を向く。

「アンジェたん、捕まっていた時、空に何か見えてなかった?」

「えっ? えーっと……確か、雲が晴れて星が綺麗に見えて、それで……」

 その時の状況を思い出そうと頭を捻っていたアンジェは思い当たる事があったのか声を露わにした。

「……あっ! そうだ! 鳥! 鳥が見えたわ! 空をグルグルと回って……い……た?」

「そうよ、アンジェたんの様子はこちらでも確認出来ていたわ」

「まさかあの鳥……」

「私のハヤブサ君1号機よ。自動操縦システムも搭載し、プログラムした動きを自動で動くようにしておいたのよ」

 ハヤブサ君1号機。それは中間試験前、イリアの部屋見た本物そっくりの動きをする機械仕掛けの鳥である。

「そう言えば、あの時自動操縦出来るようにするって言ってたね。完成してたんだ?」

「うむ」

 アンジェの疑問に答えると、今度はネルが質問してきた。

「でもさ、動きは解ったけど、どうやって魔法陣描いたのさ? イリア魔法使えないでしょ?」

「そんなの簡単よ。授業でやったでしょ? 便利な魔法具が」

「……あっ!」

 思い当たる節があった様で、ポンッと手を鳴らした。

「あのペンをハヤブサ君の爪先に装着しておいたのよ。目標地点に到達したらペン先が出る様にしておいたわ」

「なるほどね。それなら僕達とは別に動いて描けるね!」

 天空魔法陣についての疑問は晴れたのか、二人とも納得いったようだ。



「……あれ? でもそれって、ずっと遺跡周辺に居たら怪しまれないかな?」

「そうね、確かにその通りよ」

 アンジェの疑問は最もである。いくら探知魔法結界外だとしても、ずっとその場に居続けたら流石にバレる可能性は高い。寧ろ、バレるだろう。

 しかし、イリアはそんな事は百も承知だとばかりに返答してきた。

「だからこそ、見上げられない様に注意をこちらへのよ」

「どゆこと?」

 今一理解できていないネルは首を傾げていた。

「ネルぅ~忘れた? 貴女に何をするように指示したのかを?」

「……あっ! アレって、一撃入れる為の挑発じゃなかったの!?」

「それもあるけど、本筋は決して事にあったのよ」

「あれ? それだともしかして……」

 他にも思う所があるのか、アンジェは口を挟んできた。

「その後にも、ハドレット先生に矢鱈と挑発するような言動をしてたのも……」

「邪神復活までは読んでいたからね。猶更見つかる訳にはいかなかったから、予め敵視を向けさせたのよ。案の定誘いに乗ってくれたわ」

「私達を逃がす為じゃなかったのね」

 落胆する二人にイリアはボソリと呟いた。

「……いや、二人は戻ってくると思ってたしね」

「えっ?」

「……皆まで言わせるな」

 プイッとイリアはそっぽを向いた。

「素直じゃないなぁ」

「うっさい! ほっとけ!」

 そんな彼女は珍しくも少し照れた様子だ。

「こほん! 兎に角話を続けるわ!」

 一つ咳払いすると強引に話を戻していった。



「――で、他に質問は?」

「はいはーい! 僕からもう一つ」

「はい、ネル君言ってみなさい」

「アンジェが最強魔法使えるって、何で解ったの?」

 散々今まで魔法が使えない状態であったアンジェが最強を誇る魔法を使えると踏んだのか? その質問は最もであった。

「それはね、まずディルムでアンジェが魔法使ったでしょ?」

「うん」

「その時、魔力探知計の電源を切り忘れててね。それでその数値何だけど、あれは中級魔法の数値じゃなくて上級魔法の……それもかなりの威力のある時にしか出ない数値だったのよ」

「アレって、そんなに威力あったの?」

「そりゃそうよ。あんな図体のデカい魔物を一息に倒してしまったんですもの」

 シェルクーガーは超大型の魔物と言える大きさであった。それを一人で倒してしまったとなれば、一つの可能性も見い出せるというものである。

「後は、から話を聞いていたし、ネルからの話も聞いた上で出来ると確信したのよ」

「そうだったんだ」

 自身の昔話にそういった要素が含まれていた事など夢にも思わなかっただろう。

「……とはいえ、いきなりやっても最大限に行使できないだろうから、魔力増幅陣も用いりましたわ」

「それで思い出したのだけど」

 今度はアンジェから疑問が上がる。



「初めの三つについては、ハヤブサ君1号機が描いていたのだろうと予想がつくけど、最後の二つは何だったの?」

 アンジェの言う通り、最後の一押しとなった二つの魔力増幅陣。あれは一体何だったのか? 

「あぁ、アレね……」

 そう言うと、イリアは悲しそうな表情を浮かべて答える。

「ハヤブサ君1号機は二階級特進されたのです」

「……えっ?」

「予め天空魔法陣並の魔力増幅陣をハヤブサ君1号機に圧縮して仕込んでいたのよ。そして、その命を対価に一気に弾けだしたってわけ」

「そんな……それじゃハヤブサ君は……」

「皆ハヤブサ君1号機に敬礼!」

 どこを向いてか知らないが、荷台から見えるお空に向かって三人はハヤブサ君1号機に敬礼の意を表した。


 ――閑話休題。

「――それで、後もう一つの魔法陣は?」

「あれは私の左腕よ。アレにも予め仕込んで置いたのよ」

「えっ?」

 さも当然とばかりに言うイリアに二人は驚いていた。

「邪神相手に致命傷を負ったけど、あれは敢えて受けたとでも言えばいいのかしら? 左腕を無くす事を目的としたミスリードだったのよ」

 自分自身がやられるというところまで計算に入れていたようであった。

「とは言え、命懸けでしたがね! はっはっは!」

 その言葉の重さとは裏腹にイリアは暢気に笑っていた。

「笑い事じゃないでしょうに」

「まぁ、即死だけは避けたつもりよ?」

「それでもよ! 心配したんだから!」

「うん! それには僕も同意だよ!」

「あ……ははは」

 二人の剣幕に押され、イリアは笑って誤魔化すしかなかった。


「それで、その魔法陣なんだけどね」

「あっ! 無理矢理話を戻した!」

「二人が戻って来た時、邪神の目に傷が入ってなかったかしら?」

「……そう言えば」

 イリアの状態に気がいっていたとはいえ、邪神と対面した時に傷を負っていたような気がした。

「そのままだと邪神に見つかり破壊されてしまう恐れがあったから、予め視界を奪っておいたわよ」

「あれはイリアがやったのか!」

「案の定、視界が悪くなった邪神は最後のダメ押しに突っ込むハヤブサ君1号機に気が付かなかったようね」

 イリアが最後の力を振り絞り与えた一撃には、そういった意味が含まれていたようだ。どこまでも抜け目のない彼女である。



 大方話が終わり一息つくと、最後にネルが尋ねてくる。

「結局イリアはさ、どこから計算を始めていたの?」

「あら? 解らない?」

「うん」

「私が勝利を確信している時って、いつもどうしてた?」

「そりゃ大体茶化している時……に……?」

 何か思い当たる節があったネルは、声を露わに聞き返す。

「……って、まさか!」

 そんなネルにニヤリと笑って返す。

「……呆れた」

「あはは……イリアらしいね」

 凄いのだが、素直に褒められないネルは頭を抱え、アンジェは困ったような表情で、そんな二人に対してイリアは恍けた表情を浮かべていた。


 そんな三人を乗せた馬車は、気が付けば王都が見える所にまで差し掛かっていた。

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