第35話 聖魔大戦

 その日、彼女達は別々に行動していた。

 イリアは早朝から配達の仕事に出かけており、宿舎を留守にしていた。ネルは今朝方城の兵士から要件があると言伝を受け、城へと向かってしまい、アンジェ以外は出払ってしまっていた。

 そのアンジェはというと、部屋で作業をしていたものの手詰まりになり、頭を悩ませていた。ふと時計に目が行くと既に数時間経過していた事に気付く。

 休憩がてらに下のリビングに降りてきたその時、玄関側から小さな物音が聞こえてきた。少し気になったアンジェは玄関へと赴き、扉を開いた。すると足元に手紙に様な物がひらりと一枚舞い落ちた。

 何だろうと拾い上げ、確認してみると差出人は記入されておらず、ただ『アンジェリーヌ様へ』とだけ書かれていた。

 リビングに戻り、中身を確認してみるとこう書かれていた。


 アンジェリーヌ様へ

 お話したい事があります。大事なお話ですので出来ればお会いしてお話させて頂きたく存じます。所定の場所へ指定したお時間にお越しください。


 あからさまな内容が書かれていた。こういった類の物は以前からも無くはなかったので、今回もその手のものかとも思った。今日の出掛けのイリアには「今日は良くない気配がするから大人しくしているのが良い」と言われてもいた。しかし、本当に大事な話であるならば蔑ろにするのもどうかと思い少し考える。

 少しだけ様子を見に行って誰もいなければ早々にその場を離れればいいかと思い、身支度をし宿舎を後にした。



 一方、城へと戻ってきたシグルドは国王に隠れ家であった資料と出来事を話していた。

「――ってことで、聖櫃が何だとかは解らないが、邪神がどうとかってのは、昔聞いた事があったからよ、急いで戻ってきた訳だ」

「……うーむ」

 シグルドの説明を聞くと国王は眉をひそめて大きな声で唸っていた。

「よもやその話を聞く事になろうとはな」

「やっぱ昔話した事のあるアレか?」

「あぁ、そうだ。昔話のように話したアレは実際にあった出来事でな、このセレンディア王国が聖王国と呼ばれていた時の話だ」

 国王はゆっくりと昔話を語り始めた。



「五百年程前だったか、邪悪な神と当時の聖王が激戦を繰り広げておってな。何とか邪神の肉体をたおす事に成功したんだが、存在自体までは倒しきれんかったのだ」

「そうそう、確かそんな話だったな」

「それで、仕方なく聖櫃に封印というカタチで終わらせ、地の底に封じたのだよ」

「そういう顛末だったのか? そんな話始めて聞いたぞ? 兄貴も知らないんじゃないのか?」

「すまんな。この話は代々の国王のみに伝えられる内容だったのでな」

 きっと情報の漏洩などでの悪用を防止する為の処置だったのだろう。


「それとな、この邪神の降臨にはとある集団が関わっておってな」

「集団?」

「邪神教団などと呼ばれておった様でな、その勢力は相当のものだったらしい。まぁ、その戦いの時に全滅したと聞くが……」

「全滅ねぇ……」

 どうにもしっくりこないのか、シグルドは眉をひそめる。

「本当に全滅したなら、なんでそんな資料が今も残ってるんだ?」

 シグルドは持ち帰った資料を指し疑問をぶつけた。


「もし……もしもの話だがよ。生き残りがいたとしたらどうなんだ?」

 その仮定に国王と先程から黙って聞いていたガルニアは同じ考えに至ったのか、眼つきがより一層鋭くなった。

「きっと、王家に恨みを持っているだろうし、封印を解こうとともするだろう」

「うむ」

「資料にある“王家の証”ってのは何だ?」

「恐らくは聖王の血だ。要は王家に連なる者の血を対価にせよという意味であろう」

「それともう一つ気になるのが、こっちの日記の方だ」

 資料と一緒に渡した日記を指し示す。

「“贄”とか“依代”とか“素質”とか、何を指してるかわかるか? 俺はもう嫌な予感しかしないんだが……」

「“贄”は聖王の血を捧げるととれるな。他の資料から仮定すると邪神は降臨する際に“依代”が必要となる様だ。その“依代”には“素質”が必要らしいな」

「……おい、ちょっとまてよ? 俺らの中でそれらしい人物って言ったら……」

「……!」

 国王とガルニアも心当たりの人物が思い浮かびハッとした。

「俺、ちょっと様子見てくるわ」

「うむ」

 その提案に国王は頷くと、シグルドは足早に謁見の間から出て行った。



 広間に出た時、考え込んでいるネルを見かけ足を止める。

「おいネル! いいところに!」

 その声に気付きネルはこちらを見た。

「殿下? どうしました?」

「アンジェの奴はどこにいる?」

「姫様ですか? 宿舎の方にいると思いますが?」

「丁度いい! お前もちょっとこい!」

 有無を言わせずシグルドはネルを連れて行った。



 道すがら先程の話をネルに伝えると、ネルの表情は険しくなっていた。

「今日僕は兵士から城へ来るようにと言伝があったので赴いたんですが、誰も要件は無いって言われまして……」

 ネルも自身の事情を説明していた。

 城へと赴いたネルであったが、要件はないと言われ、誰に聞いても答えは同じだったようだ。

「それがお前を遠ざける為のものだったとしたら……ますます嫌な予感がしてくるな」

 不安が確信になりそうな気がして堪らない。だが、あえてそれを振りきり宿舎へと向かう。

「よし! 見えたぞ!」

 漸く宿舎に辿り着き、急ぎアンジェの部屋へと駆け込む。

「アンジェ! いるか!」

 扉を勢いよく開き部屋へと入るが……

「……いない……か」

 そこはもぬけの殻と化していた。


「くそっ! どこにいる!」

 宿舎を飛び出し辺りを見回すと、向かいの家の庭で水を撒いていたお婆さんが目に映り話を聞いてみた。

「ばあちゃん、ちょっといいか?」

「おや? シグルド様ではないですか。どうかされましたか?」

「ウチの妹見なかったか?」

「アンジェリーヌ様ですか?」

 老婆は思い出そうと考え込む。少し考えた後、思い当たる節があったのか、その口を開いた。

「……あぁ、そうそう! 庭の手入れをしようと外に出た時に、アンジェリーヌ様が何処かへとお出かけになっていたお姿を見ましたよ?」

「それは何時ぐらいだ?」

「そうですね……この歳になるとゆっくりでないと出来ませんのでね、一時間前くらいになるかと思いますよ?」

「そうか……まずいな……」

 シグルドは、そう呟きつつもどう対処するかを考えていた。


「俺は一旦城に帰って兵を集めて街中探させる。ネルは、一足先に街を探してくれないか?」

「わかりました。何か解り次第お伝えします」

「悪いな」

 そう言い残しシグルドは足早に城へと向かい、ネルはそのままアンジェ探しを続行した。


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