第2話 体は何で出来ている?

『第三次元管理局C番観測室はこの先の階段を登り右折、二つ目の角を左折後直進』


 そう書かれた案内板を頼りに歩みを進める。

 この管理局内は兎に角広く複雑な造りになっている。意図的にというよりは下位次元全てを管理しているので、どうしても広くなってしまうのである。

 全く、どこぞの駅の電車事情かって話よね。

 そうしているうちに、とある部屋の前まで辿り着いた。



『第三次元管理局C714観測室』



 部屋の前には、そう書かれたプレートが掲げられていた。目的の場所に到着した私は、ドアを通り中へと入っていく。


「さて、あの子はどこかな?」

 遠慮する事も無く、ズカズカと部屋を探し回る。

 所々で「あの人って確か」とか「マジで? 本人?」とか声が上がっているが、さして気にせず探す。


「おっ?」

 見知った姿を見つけた。向こうもこちらに気付いたようで、駆け寄ってきた。


「やぁ、クルルちゃん」

「先輩? こんなところにどうしたんですか?」

 この橙色のゆるふわロングヘアーで、全身から後輩オーラの漂う彼女の名前はクルセイル。この観測室の責任で、私の後輩にあたり、かつて彼女の研修員時代から面倒を見ていた。皆からクルルという愛称で呼ばれている。

 性格は真面目で成績もよく、人当たりも良いので随分人から好かれていた記憶がある。


「セカンドライフ特集に、ここも載せていただろう?」

「確かに載せてましたけど……」

 ふと、何かを思い出したようにあっと声をあげた。

「と、いうことは先輩任期終わったんですか?」

「つい先日ね」

「長らくお疲れ様でした」

 軽く一礼をする彼女にどういたしましてと返す。


「ところで、ここには何用で?」

 話を戻し、再度聞き直してきた。

「だから、特集見てここにしようと思ったから来たんだけど」

「えっ? わざわざこんな第三次元へんきょうにですか?」

「載せときながら、自分で言うんかい!」

 思わずツッコミ入れてしまったじゃない。

「いやぁ、最近だとめっきり人気が無くなってますし、珍しいなと思いまして、ついうっかり」

 えへへと、はにかみながらおどける彼女に、しょうがないなと呆れる。


「それで、本当にこちらで良かったんですか?」

「うん、セカンドライフは静かに晴耕雨読な生活出来たら最高だなと思ってね」

「なるほど、確かにそう言う事でしたら向いてますしね」

「……それに」

「それに?」

 少し勿体ぶって言ってみた。

「魔法が使えるじゃない!」

「えっ?」

「いいじゃん! 魔法とか便利じゃん!」

「そうですか?」

 今一つ感覚が伝わらないのか、彼女は頭に疑問符が浮かんだ表情をしていた。

「この心中、魔法文明そちらがわのキミには分かるまい」

 うんうんと、一人頷く。

「えっと……兎に角、こちらの世界に転移することでよろしかったですか?」

「オーケイ」

 こうして私達は転送装置のある部屋へと移動するのであった。



 ――転送部屋にて。

 転送装置の中に入ると、ウィンウィンと奇怪な音を立て装置が稼働し始める。

 この転送装置は下位次元へ介入する場合の移動手段として使われる事が多いが、こういった私の様な転移という場合にも使われる。

 装置とは言うが、何もカプセルに入ってよく解らない溶液を流し込まれ、何処かに装填されるとかそういう様な物ではなく、分かり易く言えば、魔法陣の中に入って瞬間移動するイメージが近いだろう。


「先輩、聞こえますかぁ?」

 スピーカーから声が聞こえてきた。声の主であるクルセイルはこちらの様子が窺える上の制御室にいる。

「大丈夫、聞こえているわ」

 返事をすると、続けて質問をしてきた。


「それで、先輩は何かご希望とかありますか?」

「うーん、そうだねぇ」

 希望とは何のことか? というのも、高次元存在である私達が下位次元にそのまま移動しても、下位次元の人達には私達を認知する事が出来ません。また、こちら側も移動は出来ても直接的な介入は出来ません。なので、その人達にも認知出来る器、つまり体を用意する事で下位次元の人達は認知する事が出来て、こちら側も直接介入する事が可能になります。

 そんな、こちら側の姿を下位次元の人達が見て、神様だと思い込んでしまっているようです。

 此度の場合、女神の姿とは別の体を用意する必要があります。

 ほら、言うじゃない。神様が人に化けて世に降りてくるとか。早い話、そういうやつね。



 少し考えた上で、答える。

「まずは、やっぱり魔法ね! 魔法使いたいわ!」

「はいはーい」

「あっ、でも凄いのとか要らないから。ライターくらいの火が出せればそれで十分だし」

「えっ? 要らないんですか?」

 てっきりそういう事がしたいと思っていたのか、予想外の返答に驚いたようだ。

「うん、要らない要らない。生活するのにあったら便利だなぁくらいの事だから」

「そういうものですか?」

「別段、最強魔法とか禁断魔法とか、そういうのはいいの。何ならでも構わないわ」

「了解です、っと」

 手早く入力を済ます。


「後はランダムでいいわ」

「いいんですか? そんな適当で?」

「そっちの方が面白いじゃない」

「そんなものですか?」

「そういうもんよ」

「では――」

「……ちょっと待って!」

 私は思い出したかのように制止を掛ける。


「基本ランダムでいいんだけど、種族は人間でお願いするわ。当たり外れも少ないし」

「それは、また何故です?」

「ランダムの結果、うっかり軟体生物とか節足動物とか無機物になっても困るからね!」

「何ですか? そのチョイスは?」

「君は、後であの雑誌を読みなさい」

 今、彼女を見たら間違いなく頭にハテナのマークが見えているだろう。


「それと年齢とか、最大値出て移転した瞬間死亡とか笑えないし、せめて十年くらいは猶予持たせてもらえる?」

「はーい、十年引いておきますね」

「最低限そんなものかな?」

 大体ではあるが、必要最低限の事は伝えきったとは思う。彼女も設定を終えたのか、スピーカー越しに声を掛けてきた。


「設定入力完了しました」

「ありがとう」

「それと、注意事項があります。先輩には必要ないかもしれませんが」

「そこはちゃんとお願いするわ」

「はい」

 こほんと咳払いを一つすると、彼女は説明に入る。


「まずは、女神としての執行権限は転移後には使用不可になります。不用意な干渉による、世界側から抑止が働く問題を避ける為の処置です」

 コクリと頷く。

「また、転移後は先輩側から一切の連絡等を行えませんのであしからず」

「うん」

「最後に、転移後の体には神だった時の名残が現れていると思いますので、確認しておいて下さい」

「了解」

 それと言うのも、緊急時などに近くの神が対処する場合、見分けが付かなくなるといけないので、認識番号のような役割がある。照合しやすく連絡をすぐに取り付けられる利点があるからだとか。


「以上で、説明終わりますが何かご質問ありますか?」

「いや、大丈夫よ」

 手を振って返す。

「それより、ちゃんとしたかい?」

「大丈夫です! しっかりと確認しました!」

 えへんと胸を張っている姿が目に浮かぶようだ。

「それじゃ、転送お願いね」

「では、参ります」


 その返事と共に転送装置の奇怪な音は、より一層激しさを増し、私の周囲に青白い光が包み込む。

「それでは、よい異世界ライフを――」

 彼女の声は最後まで聞き取れなかったが、祝福してくれている事だけは分かった。



 ――そんなこんなで、私は異世界へと旅立つのであった。

 しかし、この時点で既に色々やらかしていたのだが、私がそれを知るのは少し先の事である。

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