第7話 芋騒動
――それから三週間が経ち、この街の暮らしにも慣れてきて、随分と顔馴染みも増えてきました。
また、学園生活に至っては、まさかのボッチ回避という偉業を成し遂げた事もあり、何とか過ごせています。
まぁ、魔法が使える人の中で、肩身が狭い思いをしているのは変わりませんが。
そんな私の目の前で今――
――信じられない光景がありました。
「オラァ! 邪魔だ! どけやぁ!」
「テメェ! 横入りしてくんな! ゴラァ!」
目の前には、八百屋に群がる人達で溢れ、目は血走り、誰もが我先にと、人込みを掻き分け前に出ている。正直怖いデス。
何を目当てにそうなっているのかと言うと……
「ではぁ! 本日のメインとなる芋を販売するぞ!」
威勢良く鉢巻のおじさんが声を上げると、群がる人々は一斉に叫び出す。
「芋! イモゥ! イヴォ!」
最早、芋の発音すら感じられないくらい興奮していた。
一体どうしてこうなったのか? 話は少し遡り――
――今日の夕食の材料を買いに、私とアンジェとネルの三人は商店街まで向かいました。
「今日は何にしよう?」
「そうだねぇ、残った野菜も使い切りたいかな?」
私とアンジェが献立の話をしていると、ネルが挙手してきた。
「はいはーい! 僕シチューが食べたい!」
「シチューかぁ……」
まぁ、確かに残った野菜を使い切るなら、いいかもしれない。
「でも、確か芋が無かった筈だよね?」
「あぁ、そう言えば無かったわね」
思えば、芋は数日前に使い切っていた。
「それじゃ、芋買ってきますかね」
一先ず、八百屋を目指す事にしました。
「そう言えばさ、最近芋が流行ってるよね?」
藪から棒にネルが話を持ち出す。
「えっと、確か丸いモチモチしたのだっけ?」
「そうそれ! 僕、まだそのジュース飲んだ事ないんだけど、美味しいのかな?」
「私もまだ飲んだ事ないから、分からないかな」
芋の話に花を咲かせる二人を横目に、私は思う。
そう、今王都では空前の芋ブームが起こっています。特に芋を使ったミルクティーとかは女性にも人気があり、日夜専門店なんかでは行列が出来る程である。
……えっ? キャッサバのアレじゃないのかって? 違う違う、アレとは似て非なる物よ?
そうしているうちに、八百屋の近くまでやってきたのだけれど……
――で、今に至る。
「テメェ! それは俺の芋だ! よこしやがれ!」
「うるせぇ! 早い者勝ちだ!」
芋の販売と同時に、人々は荒れ叫ぶ。
「それは、僕の芋だぁー! 渡すもんかー!」
なんか見覚えのある人も混ざってる気がするが、スルーしておこう。
「どうなってるの?」
「さぁ?」
呆然としている私とアンジェは、近くのお店の人に尋ねてみたところ、どうやら問題があったようだ。
王都の近くにカチバ村という小さな農村がある。中でもカチバ村は、芋を多く生産しており、王都でも取引されている。
ところが、最近カチバ村で畑荒らしが現れているようで、芋畑はその被害に遭い、王都への輸出量も減っているとの事。おまけに、王都では芋ブームな事も重なり、圧倒的に芋が足りていないらしい。その結果が、この状況に至るようだ。
「ねぇアンジェ、兵士はどうしてるの?」
普通ならこういった事態は、兵士の仕事であろうと思い、隣のお姫様に聞いてみた。
「それがね、今は北西部に遠征に出ていて、人手が足りないみたいでね」
「あぁ、そう言えば、そんな話聞いたかも」
「ギルドの方はどうなの?」
「そっちも、北の鉱山地方に魔物が多数発生してさ、皆討伐に出払って人がいなくてね」
「そっかぁ」
それぞれの事情が重なり、どこも人手が足りていないようだ。
「話は聞かせてもらったよ!」
振り返ると、そこにはボロボロになったネルが仁王立ちしていた。
「あっ、おかえり」
「芋買えた?」
「ごめん、芋買えなかったよ」
「別にそこまでしなくてもよかったんだけど」
「ダメだよ! 芋の入ってないシチューなんて、コロッケに芋が入ってないのと同じだよ!」
「……それは、メンチカツでは?」
そんなアンジェのツッコミも聴こえてはいなかった。
「兎も角! どうやら僕らの出番のようだね!」
「いやいやいや! 一番お呼びじゃないと思うよ!」
……って言うか、今僕らって言ったよね? 何気に私含まれてる?
「変だと思ったんだよ。僕のタコ焼きにタコが入って無かったのも、たい焼きの餡が尻尾に全く入っていなかったのも」
「関係ないかと!」
「それもこれも、全部畑荒らしのせいだな! 成敗してくれる!」
「最早言い掛かりだ!」
錯乱気味のネルは声を上げ、私の肩をガッと掴む。
「畑荒らし退治に行こう! 今すぐに!」
「えっ?」
「いざ行かん! 畑荒らし退治へ!」
「いやいやいや! 今すぐにって、もう夕方なんだけど! せめて明日にしようよ!」
「ダメ! 芋の恨みは恐ろしいんだよ!」
私を引き摺りながら歩き出す、振り解こうにも馬鹿力で振り解けない。
「た、助けて! アンジェたーん!」
そこで天使の一声が私を救った。
「待ってネル!」
「待てないよアンジェ! 困っている人がいるんだよ! 助けに行かないと!」
「ごはん食べないの?」
すると、ネルの足がピタッと止まり、振り返る。
「……たべりゅ」
漸く解放された私は、地面に転がされぐったりしていた。
「……つ、疲れる」
結局、明日カチバ村に行く事になりました。
――翌朝、宿舎前にて。
「いざ行かん! 畑荒らし退治へ!」
「……何? その格好」
私達の視線の先には、農作業の服装に、麦わら帽子と鍬をもったネルがいた。
「何って、畑に行くんだからその恰好だよ?」
「いや、服装はまだしも、鍬はいらないでしょ?」
「いやいやいや、もしもだよ? もしも畑荒らし退治のお礼に、芋が貰える事になったら必要でしょ? だから――」
「ネル」
話の途中に、笑顔でアンジェが割り込む。
「置いて行こうね?」
「いや、でも――」
「……ね?」
「……ハイ」
アンジェは笑顔だが、有無を言わせぬその威圧感、そこには凄みがあった。
カチバ村へ行く為には、西門からエルム街道に出る必要があるので、先ずは西門へと向かいました。因みにネルは着替えてきました。
カチバ村は、王都の西門から出て、街道沿いに三十分程で着ける距離にあるので、歩いて行く事にしました。
門を潜り、エルム街道に出ると、一面草原が広がっており、とても良い景色であった。街道沿いには、先へと延びる線路もあり、ここから大陸西部へと向かっています。
因みに、私も王都へ来る時は、この街道を通ってきました。
街道に出た私は、何かを探すように辺りをキョロキョロと見渡す。
「イリア、何してるの?」
そんな私に、アンジェが声を掛ける。
「いやほら、お城の周りって言ったら、アレがいるものでしょ?」
「アレ?」
何の事かと二人は首を傾げる。
「あるものは、何故か衣服だけを捕食したり、またあるものは、むくりと起き上がりこっちを見たりする、例の軟体生物よ」
「随分偏った知識だね」
呆れる二人を余所に、無駄にテンションが上がっていた。
「さあ来い! 私の拳が唸るのだわ!」
「あー……」
シュッシュとシャドーを打つ私に、二人は何だかばつが悪そうにしていた。
「それだけどね、もうこの辺りに、魔物とか魔獣は出ないんだよね」
「……えっ?」
ネルから残念なお知らせが入りました。
「街道を整備する時に、粗方駆逐して、残ったのは別の土地に移住しちゃったみたいでさ」
改めて周りをよく見ると、子供連れの母親が散歩していたり、老人が暢気にお茶を啜りながら日向ぼっこをしていた。
思えば、来る時も見かけなかった気が……
「そ、そんな! お城の周りにいるアレとリアルファイトするのが夢だったのに!」
落胆と共に、ガクリと項垂れる。
「そんなに戦いたかったの?」
「誰もが夢に見た、一度は戦ってみたい相手ナンバーワンの敵だよ! そりゃ戦ってみたいわよ!」
「アレ、そんなに強くないよ?」
「私、辺境出身だから、周りにいる敵が強すぎて、標準の強さって知らないのよね」
そう語りながら、私は腰のポーチから棒のついた飴を取り出すと、袋を開け口に含む。
「人以外で勝てそうな数少ない相手だから、私の戦闘術を披露しようと思ったのに」
「それはまた、次の機会に見せてもらうね?」
「むぅ、残念」
アンジェに気遣われ、渋々諦める。
「ところでイリア、さっき何処行ってたの?」
と、言うのも、西門へ向かう途中寄る所があり、私は少し離れていました。
「ん? あぁ、ちょっと保険をね」
「……?」
何やら含みのある物言いのイリアに、二人は疑問符を浮かべつつ、カチバ村へと歩みを進めるのであった。
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