第10話 初めての課外実習

 学園生活を始めて早一月半、私達は今王都の中央にある駅のホームに来ています。それと言うのも、今日は学園に来て以来、初めての課外実習だからです。


 この魔法学園は、魔法技術を養成・育成する機関で、研究から軍事に関わる事まで、様々な要素を学ぶ。と、いうのは以前にも言いましたが、座学だけの知識でなく、実際に現地に赴き経験を積み、将来に生かすという方針があり、その一環として、この課外実習があります。

 何をやるのかと言うと、現地で指定された依頼を熟すというもので、内容は人によっては様々で、討伐だったり採取だったりとあるらしい。早い話は冒険者が受ける依頼の様な感じである。

 そんな訳で、今私達のクラスは現地へと向かう列車を待っている所です。



 クラスの人達もそれぞれ集まりを作って色々話し込んでいる中、私はホームに入って来る列車を、今か今かと落ち着かずに待ち侘びています。

「列車まだかなぁ?」

「イリア列車好きなの?」

 そんな私にアンジェが声を掛けてきた。

「んー、列車って言うか機関部が好きって言うか……」

 女神時代、暇を見つけては色々自作していた程の工作好きなので、技術の集合体などがあるとワクワクしてきます。

「解体したい」

「物騒だよ!」

 アンジェのツッコミも中々様になってきたようで何よりです。


「随分ご機嫌だね」

そんな私達の後ろから声が掛かり、振り返るとネルがやって来た。

「あっ、分かる?」

「そりゃ分かるよ。いつにも増してテンション高いしさ」

「いや、実はね……苦節十年の研究が漸く花開こうとしているのよ!」

 両手とバッと広げ声を上げる私は、完全にハイテンションであった。

「研究って?」

「物から魔力を抽出する研究」

「それはもうあるよね?」

「まぁ、抽出する技術はね」

 その疑問は最もで、物から魔力を抽出する技術なら既に存在しているからだ。家庭用の器具や、今待っている列車などもその技術を応用しているからである。

「私の研究しているのは、物から魔力を抽出する事よ?」

 その言葉に「えっ?」と、二人は重なるように声を上げた。

「そんな事したら、使い物にならなくない?」

「そう思うでしょう? ところがどっこい、そうでもないのよね」


 私がこの世界に来て十年、私の持つ“知識”とこの世界の“知識”の相違を徹底して調べ直し、その結果、基本的な所は魔力がある点を除き、私の持つ“知識”と差異はありませんでした。また生き物も知る範囲のものは、魔獣であっても基本的な習性は同じだと言う事もわかりました。前のイノシシ騒動の時も、それがあったので、あの手段が出来たというわけです。

 そんな中、ちょっとした出会いがあり、私は知り合いになった研究者からテスターとして研究の手伝いをする事になりました。


「今は抽出しているところで、実習から戻った頃には結果が出ているかな?」

「もう学者レベルの事やってるじゃないのさ」

「いやいや、これは知り合いの学者の研究を手伝ってるだけだからね? 私個人ではないからね?」

 ネルの言葉に慌てて否定する。こんなの個人で成果だしてしまったら、穏便な生活からは完全におさらばしてしまうわ!

 そんなやり取りをしていたら汽笛を鳴らし列車がホームに入ってきました。



「キタァァァァァ!」

 私は声を露わに叫ぶ。

 真っ黒い鉄の塊はブレーキの余韻を残し停車。大きく呼吸を吐き出すかのような音を立て扉が開いた。


 大陸鉄道。大陸中に延びる鉄道で、その上を走るのがこの列車、通称『魔動列車まどうれっしゃ』である。

 正式名称は魔力式動力列車まりょくしきどうりょくれっしゃで、端的に言えば、魔鉱石まこうせきと呼ばれる魔力を豊富に含む鉱石から魔力を抽出し、エネルギー変換して走らせているというものです。


「やっぱり唯の物好きなんじゃ?」

「だねぇ」

 そんな二人のやり取りも、はしゃぐ彼女イリアには聴こえてはいないようだった。


 列車内に入ると、外見の無骨さとは裏腹に、煌びやかな内装とふかふかの席が用意されていた。そして、私達のクラスが全員乗り込むのを教員が確認し、車掌が笛を鳴らすと列車は厳かに走り出していった。



 列車が目的地まで着くのに一時間程あったので、各々ゆったりとしています。

「トータス村って、確かガウス地方だっけ?」

「うん、そうだよ。おさらいしとく?」

「お願い」

 そんな二人の会話を、私は飴を舐めながら聞いていた。


 穀倉地帯ガウス。中央大陸の東部に存在する乾燥地帯の一角で、そこで採れる小麦は大陸全土に行き渡っている。ブランド小麦なども生産されており、高級パンなどもこの小麦が使われている程である。


「因みに、バイト先のパン屋もブランド小麦使ってるのあるよ」

「マジすか!」

「うん、貴族のマダムが良く買いにくるわよ」

「……てかさ」

「……ん?」

 ネルは藪から棒に尋ねてきた。

「さっきからずっと飴とかチョコとか食べてるよね?」

「そだね」

 ネルの言う通り、列車に乗ってから私はずっと甘味を口にしていた。

「さすがに食べ過ぎじゃない?」

「いやいや、私は糖分を摂取しないと死んでしまうのです」

「どんな体質だよ!」

 そんなツッコミを受ける中、車窓に目を向けてみた。

「おっ? どうやらガウス地方に入ったみたいね」

「本当だ、小麦畑が見えるね」

 景色は一変し、辺りは小麦畑で埋め尽くされ、所々に風車や倉などが見える。

 その時、間もなくトータス村に着くと車内アナウンスが流れ、下車の準備に取り掛かるのであった。



 駅を出て村へ着くと、村長に挨拶をして泊めてもらう宿へと向かいました。宿に荷物を降ろすと、早速今回の実習の課題を受ける為に宿のフロントへ集合しました。

 引率の教師で、男性教員のニグレド先生と女性教員のミルド先生の二人は、班ごとに依頼書を渡し、確認してからは各々別れて行きました。

 因みに私はアンジェとネルの三人の班です。



 私達の依頼は薬の材料となる薬草を採取してくる事で、村の近くにある森に生息していました。

「依頼の内容が採取で良かったね」

「本当よね、薬草もすぐ見つかったし言う事ないわ」

 依頼の薬草も直ぐに見つかり、のんびりと村へ帰っています。

「なんか拍子抜けだなぁ」

 そんな私達とは裏腹に不完全燃焼気味なネルがぼやいていた。

「村の人も困ってるのだから、そんな事言っちゃダメよ」

「そうだけどさぁ、僕としては討伐依頼もやぶさかではないよ?」

「面倒事は御免蒙るわ、イリアさん穏健派ですの」

「えー! でも、前言ってた戦闘術とかあるんじゃ?」

「いや、アレは条件が色々あってね、超々限定的で――」

 と、ネルと言い争っていたら前方の木の陰にチラッと何かが見えた。私達は会話も止め、木の陰にいる何かを見つめる。


「誰かいるね」

「うん、いるね」

 そこには小さな女の子がおり、キョロキョロと何か周りを気にしているようだ。

「村の子かな?」

「こんなところで何してるんだろ?」

「危ないだろうし声かけてみようか? ねぇイリ――」

 イリアと声を掛けようとしたアンジェだが、そこにイリアはいなかった。

「あれ? イリア?」

「えっ?」

 イリアを探す姿を見てネルも辺りを見回すが何処にもおらず、女の子の方に向き直したら――


「君可愛いねぇ、飴食べる? それとも、ウチの子になる?」

 幼女を勧誘していました。

「すみませーん! ここに変態不審者さんがいまーす!」

「失礼な! 私は不審者ではない!」

「変態は否定しないんだ」

 そんなやり取りをしていた私達に女の子は声を掛けてきた。



「お姉ちゃん達、今日来た人?」

「そうだよ、だからウチの子にならないかい?」

「それはもういいから!」

 強引に話を打ち切られました。

「それで、ここで何をしてたのかな?」

「う、うん……」

アンジェが改めて話を聞き直すと、女の子はおずおずと話し始めた。


「最近村のまわりで変な人がいるって聞いて」

「そうか……」

 そう言うと、ネルはスッと私の前に立ち、ポンッと肩を叩く。

「イリア、認めようか?」

「いや違うし!」

 そんな私達をスルーしてアンジェは話の続きを聞く。

「それでどうして、ここに?」

「お父さんが夜に変な人が何かしてたから……声を掛けたら襲われて……ぐす、怪我しちゃったの」

 女の子は話の途中から泣き出してしまった。

「それで、ここで見張ってたのね?」

 その問いに女の子はコクリと頷いた。



「善良な民を襲う悪い奴とは許せない! 成敗してくれる!」

「ネル、一旦落ち着こうか」

「義を見てせざるは勇無きなりだよ!」

 私は張り切るネルを宥めつつ女の子に聞いてみた。

「それで、その変な人はこの辺りの道で見たの?」

「うん、この道を通ったって言ってた」

「……ふむ」

 だったら猶更ここにいては危ないと思う。

 アンジェも私の考えと同じのようで、目を合わすとコクリと頷いた。

「ここも危ないから村に帰りましょう? 今悲しいように貴女も怪我しちゃったらお父さんも悲しいわよ?」

「……うん」

 アンジェの説得で女の子の気持ちが揺らぎ始めたが、もう一押し足りない。なので、私は聞き方を変えてみた。


「ところでキミは妹かな?」

「う、うん」

「じゃあ、お姉ちゃんは今何してるの?」

「お姉ちゃんはお父さんの怪我を見てるよ」

「そっかぁ、じゃあお姉ちゃんの手伝いをしてあげようか? きっと大変だろうしね」

「……わかった」

 女の子に向けて小指を立てる。

「それじゃあ約束しよう。悪い人は偉い人が裁いてくれるから、もう危ない事はしないようにね?」

「うん!」

 私は女の子と指切りを交わし、素直でよろしいと女の子の頭を優しく撫でた。

「よかった。これで危ない目に遭わずに済むね」

「きっと、何かしたいけど何をすればいいか分からなかったのよ。だから、出来る事を提示してあげる方がいいの。再発防止にもなるしね」

「イリア、随分と手慣れてるのね?」

「えっ? あぁうん、まぁね……」

 アンジェの言葉に、イリアは目を泳がせ曖昧に答えていた。



 その後、女の子は私達と一緒に村へと帰る事にしました。

「ところでキミの名前は何かな?」

「ミーシャ」

 私と手を繋ぎながら歩く女の子に名前を尋ねると、女の子はミーシャと名乗った。

「それじゃミーシャちゃん、お姉ちゃんの手伝い頑張るのよ?」

「うん!」

 ミーシャは元気よく返事をする。

「そうだね! 僕も頑張るよ!」

「いや、そこは頑張らなくていいから」

 それこそ、憲兵の仕事で私達の及ぶところではない。

「ところでミーシャちゃん」

「?」

 イリアはミーシャの手をギュッと握り締める。

「ウチの子にならない?」

「やっぱこの人、現行犯で捕まえた方がいいのでは?」

「う、うん……」

 懲りないイリアに困惑する二人であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る