第11話 風使い

 実習二日目。今日の依頼は村の小麦畑にある風車の修繕作業の手伝いでした。近くには倉庫があり、製粉した小麦を保管しているらしいです。

 まぁ、手伝いと言っても交換する部品を運んだり、破損した部品を片づけたりするくらいでしたが。私個人としては修繕作業に加担したかったところです。

 破損部分が多く見つかったので修繕作業は夕方頃まで掛かり、漸く課題が終わりました。



「そう言えば、この道で不審者が出るんだっけ?」

「えぇ、そうね」

 夕方、村への帰り際に、ネルは昨日の事を思い出したようで口にする。

「この辺り何かあったっけ? 森くらいしかないけど?」

 ネルは辺りの木々の中を覗き込む。この道は森の中にある小道で、周りは木々が生い茂っているだけの、別段何もおかしい所は無かった。

「ネル、変な事してると森の奥から何か出てくるかもよ? 恨めしやぁって」

「まっさかぁ!」

 私は両手を前に出し幽霊の真似をしていた。冗談のつもりでいたのだが……

「あれ? 誰かいるよ?」

「えっ?」

 アンジェの声に思わず振り返ると、確かに森の奥から草木を掻き分けて、誰かがこちらに向かって来ている。

「まさか! 本当幽霊なの!?」

「いやいや、幽霊なら音を立てながら出てこないでしょ」

 漸くその姿が見えた。しかし、それは良く知る人物であった。



「おや? 皆さんどうされました?」

「なんだぁ、宿屋の主人かぁ」

 ネルは、ほっとした表情で胸を撫で下ろし、大きく溜息を吐いた。

 私達の泊まっている宿屋の主人は、三十代くらいのチョビ髭を生やした細身のおじさんです。

「私達は課題が終わった帰りですが、ご主人は何を?」

 と、聞いてはみるが、手に持つ薪を見れば大体察しは付く。

「私ですか? 竃に使う薪を集めに行ってたんですよ。沢山必要になりますしね」

「そうでしたか……」

 その手には薪の束が抱えられており、私はその薪を見つめて言った。

「……それは、さぞ必要になりますね?」

「そうなんですよ。薪はすぐ燃えてしまいますからね、毎回集めに行かなくては」

 すると、ネルは良い機会だからと例の話を聞いてみる。

「そう言えば、最近この辺りで不審な人物が目撃されてるそうですが、一人で森に入って大丈夫ですか?」

「あぁ、その話ですか。勿論大丈夫だとは言えませんが、こっちも生活が懸かってますし」

 ネルが例の不審者の話を持ち出すと、宿屋の主人はやれやれと困った表情をしていた。

「皆さんも怪我をしたらいけませんし、早めに村へ戻りましょう」

「そうですね」

 宿屋の主人の提案を受け、私達も村への帰路に就きました。



 村に着くと、宿屋の主人とは別れ、私達は村を見て回る事にしました。折角の機会なので本場の小麦を使ったパンを買ってから宿を目指します。

 すると、宿の隣にある井戸に見た事のある女の子を見かけ、私達は声を掛けてみる事にしました。

「ミーシャちゃん、何してるの?」

「あっ! 学生のお姉ちゃん達だ!」

 私の声でミーシャは振り返り、元気良く声を上げる。

「今ね、お姉ちゃんのお手伝いで水を汲みに来たの」

「そっかぁ、偉いねぇ」

 よしよしと頭を撫でる。

「でも、水汲みは力いるからネルお姉ちゃんに任せようね?」

「えっ? 僕?」

「まさか、こんなか弱いレディにやらせようって言うの?」

「いやまぁ、いいけどさぁ」

 ネルは、何だか腑に落ちないまま井戸の水汲みを始めた。


 ふと、ミーシャから視線を逸らすと、その後ろには倉庫があり、脇にはバケツと、そして薪の束が沢山置かれていた。私はちょっとソレが気になりミーシャに尋ねてみる。

「ねぇ、ミーシャちゃん。あの倉庫の脇にある木は、いつもあそこにあるの?」

 私はその薪の束を指し示す。

「うん、宿のおじさんがいつもあそこに置いてるよ」

「それじゃ、いつもあの木を使ってるんだ?」

「うん、いつもあの木だよ。村の皆も知ってるよ」

「そっかぁ……」

 イリアは何かを納得したのか、うんうんと頷いていた。

「イリアそれがどうかしたの?」

「ん? いや、何でも」

 そんなイリアが気になりアンジェは声を掛けるが、イリアはそれとなくかわしていた。丁度その時、ネルが水を汲み終わったところで、桶に水を注ぐとミーシャはお礼を言い、家へと帰る。



「あっ! ちょっと待って!」

 家へと向かうミーシャに、私は思い出したかのように声を掛け追いかける。ミーシャは声に反応し歩みを止めた。

「ん? どうしたのお姉ちゃん?」

「最後に聞きたい事があるんだけど」

「何?」

「お父さんの怪我の事なんだけどね――」



 要件を済ますと今度こそミーシャは家へと帰って行った。

「イリア、何聞いてたの?」

 戻ってきたイリアにネルは尋ねる。

「父親の怪我はどうなのかな? って、聞いてただけよ?」

 そんな私に「本当に?」と、二人は怪訝そうな顔をしていた。

「本当に、そう聞いただけだって!」

 うーん、信用無いなぁ。



 ――その夜、後は就寝を待つだけとなり、部屋でのんびりしています。

 部屋は三人ずつの相部屋で、私はアンジェとネルの三人部屋です。この三人だと宿舎いるもと変わらない気もしますが。

 

「明日で実習も終わりだね」

「早いものね」

「私は疲れたし、早く帰りたいかな?」

アンジェとネルはベッドに腰かけ、私は窓際で夜の風景を眺めつつ会話を楽しんでいた。

「……ん?」

ふと、私は視線を下ろすと宿の裏手から誰かが出て行く姿が見えた。歩む方向からして例の小道の方であろう。

「どうしたの? イリア」

 そんな私にネルは声を掛ける。

「いや、今誰かが宿の裏手から出て行ったなぁってね」

「むっ! 例の不審者だね!」

「いやいや、普通に考えて宿の関係者でしょ」

「こんな夜更けに? どこへ?」

「例の道のある方向に」

「それは危ない! 止めに行かないと!」

 言うが早いか、ネルは剣を片手に部屋を飛び出していった。

「ネル! 道の方向に行ったってだけで、道に行ったわけじゃないのよ!」

 アンジェのその声も届く事は無かった。

「イリア、ネルを止めに行かないと!」

「んもう! しょうがないなぁ!」

 仕方なく私達はネルの後を追いかけました。



 ――ネルの後を追いかけると、気付けば村の外へと出て例の道にまで来てしまっていた。途中でネルを見つけたので声を掛けようと思ったのだが、ネルは木の陰に隠れるように森の中の様子を窺っていた。

「ネル、何してるの?」

 私達も隠れるよう静かにネルに近づき、アンジェは小声で話しかけた。

「あぁ、アンジェ。いや、人影を見つけたから声を掛けようとしたんだけどさ」

 会話をするも、ネルは視線を森から離さない。

「どうも周りを気にしているみたいで、怪しい素振りだったから、そのまま後を付けてきたんだよ」

 ふと、アンジェはある事に気付く。

「あれ? ここって確か夕方ネルが森の中を覗いていたところ?」

「そう言えば、そうね」

 そこは夕方ネルが覗いていた場所であったのは何となく覚えがある。


「やっぱりそうなんだ……って、イリアさん?」

「何かね? ネル君」

「その頭におかぶりの物は何デスカ?」

 漸くこちらを見たネルは、私の頭の物が気になるらしい。

「何って、見ての通りのバケツよ?」

「いや、そうじゃなくて、何でそんな物かぶってるのさ?」

「ほら、井戸の近くに倉庫あったじゃない?」

「うん」

「その脇に置いてあったでしょ?」

「うん」

「だから、かぶってるのよ?」

「ごめん、最後だけ理解できない」

「わっかんないかな? バケツは水も汲めるし頭も守れるしで、万能具なのよ?」

「僕はそのバケツに対しての絶対的な信頼が解らない」

 そんなしょうもないやり取りをしつつ、暫し様子を窺っていると、森の中から誰かが出てきた。

「あれは……」

 その姿は良く知っていた。何せ先程も見た宿屋の主人なのだから。

 私達はお互いの目を見て「行こう」と、頷き木の陰から姿を現した。



「やぁ、ご主人。こんなところで何を?」

 私の声に宿屋の主人は慌てて振り返る。

「あ、あぁ、夕方の学生さんですか。いや、薪を取りにですね――」

「こんな夜更けにですか?」

「え、えぇ。薪が切れてしましましたから」

「例の不審者がいるかもしれないのに?」

「それは……」

 先程から歯切れの悪い宿屋の主人だが、そんな事に構わず私は畳み掛ける。


「まぁ、どうしても必要なら仕方ないですが、薪なら宿の横にある物を使えば宜しいでしょうに?」

「あれは、悪くなってまして火が着かないんですよ。なので、こうして――」

「そうですね。確かにあれでは火は着かないでしょう。何せあれは着火用の薪ではありませんからね」

「えっ? それってどういう事?」

 その意味が解らず、ネルは聞いて来た。

「あれは欅の木で主に火持ち用に使うのよ。ところが、宿屋の主人の集めてたのは杉の木、着火用の物なの」

「へぇー」

「敢えて欅の木を使っているのは、違いを理解しているからこそなんでしょう。そんな違いを知っている主人が、あの薪を放置しているとは考えにくいのよ」


 まず火を起こし終ってから焼べるのが火持ち用の使い方なので、ちゃんとそこを理解していないと着火で手こずる事があります。有名どころでは備長炭の特性がそれに当てはまります。


「それに、違いが解らない筈がないのよ。何せあの薪はいつも宿屋の主人が使っているのは村人皆が知っているのだから」

「あっ、ミーシャちゃんが言ってたね」

 アンジェも思い出したようで声を上げる。

「貴方はあの薪が使えないと言ったが、違いの判らない貴方は使のよね?」

「……」

 宿屋の主人は黙ってその推理を聞いていた。



「おまけに貴方、どうしてあの時怪我の話を知っていたの?」

「あの時?」

 アンジェはその言葉に対して聞き直した。

「夕方、私達と会った時に言っていたでしょう? 皆さん怪我をしたらいけませんしって」

「うん」

「ミーシャちゃんから聞いたわよ、父親の怪我の事はまだ誰にも言っていないって。なのにどうして貴方は知っているの?」

「えっ!」

 それを聞いた二人は、ふと思い出す。イリアが最後にミーシャと話していた事を。きっと、この事なのだろうと思ったようだ。

「余計な混乱を避ける為にまだ公表していないみたいなの。なのに、それを知っているのだとしたら……」

 二人も何が言いたいのかを察したようで、ただならぬ緊張感に襲われていた。

「どうかしら? 此度の犯人さん?」

 フン! と、ドヤ顔で決めるイリアだが、頭のバケツのせいで如何にも締まりが無かった。



 私の推理を聞き終わると暫し間が空いた。そして男は薄ら笑いをし、漸くその口を開いた。

「……ふ……ふふふ」

 男は静かに笑う。賞賛するかのように。罵倒するかのように。

「よもやガキ相手だと思えば、中々鋭いじゃないか」

「漸く化けの皮が剥がれたようね」

 イリアは一歩も引かずに相手と対話する。

「貴方何者かしら? 良ければお聞かせ願えないかしら?」

「ふん、いいだろう。俺の名はジャンドゥ。風使いのジャンドゥだ!」

「やはり風の魔法使いだったわね」

「やはり? それはどうして?」

 その言葉に引っ掛かりを覚えネルは聞いてきた。

「これもミーシャちゃんに聞いたんだけど、父親の怪我は刃物で切られた傷を負ったって」

「うん」

「刃物でもなく、刃物の形状をしたものでもないって事は、風の刃か何かで切られた可能性があったからね」

「あっ、そうか!」

 風の魔法には風の刃、カマイタチのようなものもあると魔法辞典に書いてあったのを覚えていたので、その線が高いと踏んでいた。

「ほぅ、そこまで読んでいたか」

「モチロンよ」

「で、これからどうするつもりかな?」

「そんなの当然――」

 ネルの肩にポンッと手を当て言い放つ。

「ネル先生、出番ですぜ!」

「あれだけ言っといて僕任せなのね」

 と、言いつつも端からそのつもりだったようで、剣を構えジャンドゥの前に立ちはだかった。


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