第12話 少女達の冒険
「何が目的か知らないが、善良な民を傷つけた罪は償ってもらうぞ!」
「一人前にほざくな小娘、ならば俺を倒してみるがいい!」
対峙するネルに、ジャンドゥはそう言い放つと、左手を前に翳し魔法の詠唱を始めた。翳した左手には魔法陣のような紋様が浮かびあがり、魔力が集中する。
「風よ 彼の者を 斬り裂け! ウィンドスラッシャー!」
ウィンドスラッシャー。風の刃が対象に向かい放たれる、カマイタチ現象を可視化したようなものである。
「それか! ミーシャちゃんの父親を怪我させたのは!」
紋様から解き放たれた風の刃がネル目掛けて飛び掛かる。
「風使いだって言うなら僕だって対抗できる!」
負けじとネルも詠唱をする。
「風よ 身を護る 盾と成れ! ウィンドシールド!」
ウィンドシールド。対風の障壁を展開させ衝撃を和らげる。攻撃を防ぐだけでなく、強風などからの影響も和らげる効果がある。
魔力の障壁を展開させたネルに、風の刃が切り裂こうとする。しかし、その障壁に阻まれぶつかった衝撃で風の刃は拡散してしまった。
「ほぅ、弾く訳でなく拡散させるとは、中々に護りが硬いじゃないか?」
「僕の護りを舐めるなよ!」
攻撃態勢に入ったネルはジャンドゥ目掛けて勢いよく駆け出した。しかし、ジャンドゥも唯待っているわけなどない。
「ならば、これはどうだ?」
再びジャンドゥは左手を前に翳し詠唱に入る。
「研ぎ澄ませし風よ 彼の者共を 斬り裂け! エアースラスト!」
エアースラスト。ウィンドカッターの上位版。三連射で放ち大きさも二倍はある中級魔法。並の大木なら一瞬で切断出来る程の威力を持つ。
「何だって!?」
襲い来る巨大な風の刃の三連射をまともに受けるわけにもいかず、走る足を止め、剣を盾代わりに受け何とか凌ぐ。
「近づけるとでも思ったか?」
「くっ!」
ジャンドゥの言う通り、これでは無暗に近づけない。悔しそうにネルは苦い表情を浮かべた。
そんなやり取りを見ていた私達だが、そっとアンジェに聞いてみる。
「ねぇ、アンジェ」
「何?」
「前の時もそうだったけど、ネルの防御魔法はそんなに効力が高いの?」
「うん、ネルの防御魔法は、上級魔法すらある程度は抑えられるみたいよ?」
「マジすか!?」
いくら硬いと言っても中級魔法辺りくらいだと思っていたが、更に硬かったとは。良い意味で完全に見誤ってた。
「それじゃアンジェたん、ネルに気を取られてる隙に魔法で奇襲を掛けようか?」
「でも、上手く出来ないと思うけど?」
「何事もやってみなくちゃ分からないさ」
「う、うん」
イリアに言われ、アンジェはやるだけやってみる事にした。
「エアースラスト!」
切り込もうとするネルを魔法で牽制するジャンドゥ。防御魔法を掛けてはいるが、ネルはじりじりと押されていた。
「くそっ! 近づけない!」
「ふん、防御魔法だけしか出来ないようだな」
「う、うるさい!」
ネルは痛いところを突かれて声を上げる。
「後何回受けきれるかな? 研ぎ澄ませし風よ――」
ジャンドゥが呪文を唱え始めたその時、別の場所から呪文の詠唱をする声が聞こえた。
「雷よ 彼の者を 穿て!」
「何!」
ネルに気を取られていたジャンドゥがこちらに気付いた。しかし、アンジェは既に詠唱を終えていた。
「サンダーアロー!」
サンダーアロー。雷の矢が対象に向かい真っ直ぐ放たれる初級魔法。アロー系の種類の魔法は直線的に飛ばせる利点がある。
ジャンドゥは咄嗟の攻撃に備えた。
「……?」
……備えたのだが、何時まで経っても何も起こらなかった。
「痛っ!」
時間差でバチッと指先から放電発光が延び、アンジェは咄嗟に腕を押さえる。
「やっぱり駄目だったよ」
「そんな事ないさ、見事な五千ボルトの攻撃だったよ」
「全然嬉しくないよ」
そんなこちらのやり取りにジャンドゥは嘲る様に口にする。
「なんだ? まともに魔法を使う事も出来ないのか?」
「ええ、そうよ! おまけに私はもっと使えないわよ!」
ドヤ顔でとんでもないカミングアウトをするイリア。
「これは傑作だ! あれだけほざいておきながら、自分が一番使えないとはな!」
相手の無様に笑うジャンドゥ。しかし、その笑いも長くは続かなかった。
「喧しいわ! 貴方だって火を起こす魔法が使えないくせに!」
「なっ!」
イリアのその指摘にジャンドゥは言葉を詰まらせる。
「そもそも、今回の事だって、貴方が火を起こす魔法を使い、薪を無理矢理燃やしてしまえばいいだけの話」
確かにそうなのだ。薪の件は火が着きにくいだけで燃えないわけではない。なので、無理矢理にでも燃やしてしまえば解決できた事なのだ。
「余計な不信感を与える事も無かった。つまり貴方は火を起こす魔法が使えないのよ!」
「なるほど、そう言う事になるのね」
「火を起こせないくせに余計な火種は起こせるとはね。これは傑作よ!」
「ぐぅ!」
先程とは立場が逆転し、苦い表情を浮かべるジャンドゥをイリアは嘲笑っていた。傍から見れば完全に悪役である。
「ちょっと、そんなに挑発して大丈夫なの?」
態勢を立て直す為に戻って来たネルが小声で話しかけてきた。
「ネルは防御魔法以外何か使えないの?」
「僕は防御魔法だけしか使えないよ?」
「あ、やっぱり?」
前々から思っていたのだが、私達のパーティーには圧倒的に欠けているものがある。それは、火力不足であるという事だ。
「こうなったら最後の手段を使う時が来たようね」
「あっ、もう後が無いんだ」
「まだ何もしてないのにいきなり最後なんだ」
なんか二人から散々な言われようされてますが。
「それで、最後の手段って?」
「それはね?」
「それは?」
突如イリアは踵を返すと……
「逃げるのよぉぉぉ!」
「「えぇー!」」
イリアは脱兎の如く速さで一目散に逃げだした。二人も慌てて後を追うように駆け出す。
「逃がすかぁ! このガキどもぉ!」
怒鳴り声を発しながらジャンドゥも後を追いかける。
「やっと追いついた! イリア速すぎるよ!」
「何で逃げるのさ?」
追いついて来た二人は走りながらイリアに話しかける。
「あのまま戦っていてもジリ貧で負けているわ! 我が軍の火力は圧倒的に不足しております! 急募! 求ム! DPS!」
「軍師、何か策は無いの?」
「策? 無いわよ? あったとしても「今です、自爆しなさい!」くらいしかないわよ?」
「使えねぇ! この軍師使えない!」
「バケツならあるわよ!」
「いらない!」
「それとイリアさん、体力の限界が来ております! 死にそうです!」
「早いよ! 本当に使えない!」
後ろを振り返ると、少しずつだがジャンドゥが追い付いて来ているのが窺えた。
「策は無いけど、考えならあるわ!」
「考え?」
「一先ずあの倉庫に隠れましょう!」
前方を指し示す先には一つの大きな倉庫が見えた。その周りには小麦畑が広がり、近くには風車が見える。
「分かった!」
一先ずそこを目指して走り切った。
倉庫の扉の前までやってきた一同。各々息を切らせる中、割と平気そうなネルが言葉にする。
「ここって、今日来てたところ?」
声を出すのもキツイのか、イリアは「そうよ」と言うように頷いた。
「でも、鍵が掛かってるし、どうしよう?」
「けふ……それなら問題ないわ」
アンジェの言う通り、倉庫には外から鍵が掛かっている。しかし、それに臆する事無くイリアは言う。
「こんな事もあろうかと、鍵穴は調べておいたので後は開けるだけでいいのだわ」
イリアは話をしつつもポーチから道具を取り出すと、いそいそと鍵を開けに入る。
「どんな時だよ! って言うか、いつの間に鍵穴見て来たのさ!」
「あっ! お昼の休憩中に少し居なくなってたような……」
「まぁね……っと、開いたよ」
「早!」
倉庫の鍵を開け急いで中に入ると、中には製粉され袋に詰められた小麦粉が、ズラリと積み上がり並べられていた。差し詰め小麦粉のタワーと言ったところか。
今宵は雲一つない快晴で、窓から差し込む月明かりだけでも倉庫内は明るく見通せていた。
「広いし大きいわね」
倉庫の中は広く石床で、十メートルくらいの高さがあった。
「アンジェ体は大丈夫?」
「うん、やっと収まったかな?」
これからの事を考えていた私の目の前で、ネルがアンジェを気遣っている姿をみた。
……そして頭のバケツ。
「……見えた!」
「何が?」
突然声を上げるイリアにネルが聞き返す。
「いい? 今から作戦を伝えるわ」
「うん」
「まずはね――」
二人に作戦内容を伝える。
「――と、言う事よ。名付けて『重ねて挟んで生まれたよ』作戦!」
「わかったけど、それ危ないよね? 大丈夫なの?」
「後は
扉の向こうに気配を感じた私達は、予断は許さないと悟っていた。
――倉庫内に鉄を引き摺るような金属音が鳴り響き、扉が開かれた。そこから一人の男が中へと入る。彼はジャンドゥ。正体がバレてしまい口封じの為に少女達を追ってここまで来た。
倉庫内は静まり返っており、自身の足音だけが響き渡る。
「ふん、隠れたつもりだろうが、無駄な事だ」
誰に告げるのでもなくジャンドゥは一人呟く。
倉庫内を調べていると、不意に背後に気配を感じ振り返る。しかし、背後には誰もいない。
だが、不意に視界が暗くなり、見上げてみるとそこには――
「何!」
積んである小麦粉のタワーがジャンドゥ目掛けて倒れ込む。
「ぐわぁぁぁ!」
小麦粉のタワーは将棋倒しの如く、次々と倒れ込みジャンドゥは下敷きにされた。
響き渡る轟音も収まり倉庫内が静まり返ると、物陰から少女達は姿を現した。
「よし! 作戦成功!」
私達は手を合わせ作戦の成功を喜んだ。倒れた拍子に小麦粉の中身が漏れ、ジャンドゥを埋め尽くし小麦粉の山が出来上がっていた。
「ふふふ、小麦粉の重さも量が増えれば立派な武器にもなるのよ」
雪国の雪掻きでの下敷き事故などもこれに当てはまり、埋もれてしまうと一人で抜け出る事は難しく、悪ければ骨折などもしている事があるのだ。
「さぁ、今のうちに逃げるわよ」
互いに頷き合い扉へと向かおうとしたその時――
突如小麦の山から竜巻が起こり、一瞬にして小麦粉の山は吹き飛び倉庫内に舞い散った。
「くっ!」
暴風と化す竜巻に私達は耐える事しか出来ず、事の成り行きを見送ってしまった。
「舐めるなよ、ガキども!」
小麦粉の山があった場所にジャンドゥがゆらりと立ち上がっていた。
「これも貴様の考えだな!」
それはイリアを指しての事だろう。
「だが、貴様は言うだけで何もしていないではないか? 役立たずにも程があろう」
「……」
そう指摘されイリアは俯き黙り込んでしまった。
「うちの軍師を舐めるなよ!」
「そうよ! イリアは貴方の思うような役立たずじゃないわ!」
見かねた二人は反論する中、俯くイリアは呟くように言葉を発する。
「……そんなに”魔法”が見たいの?」
「む?」
「いいわ! そこまで見たいのなら見せてあげる! 私の”魔法”を!」
スッと顔を上げ、睨み付ける様にジャンドゥを指差し、イリアは高々にそう言い放った。
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