第13話 たった一つの天恵

「……なんだと?」

「聞こえなかったかしら? お望み通り“魔法”を使ってあげるわよ!」

 その言葉にアンジェとネルは「えっ?」と、声を上げる。

「イリア、魔法使えるの?」

「さぁ?」

 小声で話す二人に気もとられずにイリアはジャンドゥと向き合う。

「貴様は魔法が使えないのだろう? お前に何が出来る?」

「予言するわ! 一分後、貴方は得意の風で地に伏すであろう! そして、無能な小娘如きに敗北を喫すると!」

 イリアはゆっくりと頭のバケツを外し左手に持つとそう宣言した。

「ほぅ、風使いの俺に風で攻撃するってか? おもしろい、やってみるがいい」

 ジャンドゥは余裕の表れか、イリアの邪魔をするつもりはない様だ。

「時は来た。既に手段は産み落とされ、後は目覚めの時を待つばかりなり」

 イリアはそう呟くと、左手のバケツを前に翳し詠唱に入った。



「燃え上がりし炎――」

「何だ? 風と言いつつ火の魔法か? さっきのは虚仮おどしか?」

 ジャンドゥの言う通り、最初の第一節は火の魔法特有の入りであった。だが、しかし――

「――逆巻く風よ」

「何! その第二節はまさか……複合魔法だと!」

 それはジャンドゥだけでなくアンジェとネルも驚いていた。それもその筈、複合魔法ともなれば上級魔法以上の高等な魔法となり、誰それと簡単に扱えるものではないのだ。

「――汝が敵を滅せ」

「だがな! 俺は火を出す事は出来ないが、防御魔法は使えるんだぜ?」

 そう言うと、ジャンドゥは魔法の詠唱に入る。

「炎よ 身を護る 盾と成れ! ファイアシールド!」


 ファイアシールド。対火の障壁を展開させ衝撃を和らげる。火だけでなく、熱などからの影響も和らげる効果がある。


 そう詠唱すると、ジャンドゥの周りに炎の障壁が張り巡らされた。

「残念だがこれで俺は倒せなくなったぜ?」

「――今ここに来たれ!」



 その放った言葉で場は静まり返る。だが、いつまで経っても何も起きず、誰もが疑問符を浮かべていた。



 ――時は少し戻り、倉庫内での作戦会話にて。

「いい? 今から作戦を伝えるわ」

「うん」

「まずはね、この詰みあがった小麦粉のタワーで相手を押しつぶすわ」

「なるほど、重さで動けなくさせるのか」

「それで、その間に逃げるのね?」

 理想通りならそれでいいのだが……

「けど、これは多分失敗するわ」

「ダメなの?」

「抜け出てくると思うから、そうなったら私が引きつけるわ。合図を送ったらゆっくりと扉へ向かって後退して、私がバケツを放り投げたら全力で倉庫から離れてね」

「えっ? 引きつけるのは僕じゃなくて?」

「ネル」

 そう聞き返すネルを真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ。


「守護騎士たる貴女のやるべき事は何?」

「あっ……うん!」

 ネルはアンジェの顔を見て何が言いたいのかを理解したようで、力強く頷いた。

「イリアはどうするの?」

 その意図はアンジェも理解しており、残るイリアの心配をしていた。

「そこはまぁ、我に策ありってね」

 イリアが言うのなら何かあるのだろうと思い、二人とも取り敢えずは納得していた。


「あっ! それとネルさんや」

「ん?」

 思い出したかのようにネルに尋ねる。

「ファイアシールドとか使える?」

「うん、出来るよ?」

「それは誰かに掛ける事も出来る?」

「問題ないよ?」

「なら、ちょっと無理させるけど、私達全員に掛けてもらえるかしら?」

「了解」

 そう言うと、ネルは全員分のファイアシールドの魔法を使った。

「内容は以上。と、言う事よ。名付けて『重ねて挟んで生まれたよ』作戦!」

「わかったけど、それ危ないよね? 大丈夫なの?」

「後はわたしのみぞ知るってね」



 ――そして現在。

 イリアはバケツを持たない手を背にして合図を送った。アンジェとネルはそれに気づくと、音を立てず静かに扉へと後退を始める。ジャンドゥの注意はイリアへと向いており、そんな二人に気付いてはいなかった。

「何も起こらんぞ?」

 怪訝そうな顔をするジャンドゥ。そんな彼を差し置きイリアはこう思っていた。


 もうすぐ一分、今の濃度は約40g/m3程になるか。ここらが限界ね。


 イリアは倉庫内を見渡し確認を取ると、余裕な顔で答える。

「ふっ、当然よ! 何故なら――」

 イリアは左手に持つバケツを高く空中に放り投げる。それと同時に扉の傍まで来ていた二人は、全力で外へと駆け出した。

「嘘だよーん!」

「なっ!」

 そう言い放つと、イリアは脱兎の如く速さで後ろの扉へと駆け出した。

「このガキが! 舐めやがって!」

 ジャンドゥも急いで追いかけて来る。しかし、不意にイリアは後ろを振り返り、こう言い放つ。

「――まぁ、それも嘘だけどね」


 それを聞いたジャンドゥは、ふと先程放り投げたバケツが気になった。もし、捨てたのではなく、使だとしたら? それがだったとしたら? そんな疑問が過ぎり、視線は走り去った後ろのバケツへと自然に向いていた。

「――来たれ爆炎」

「っ!」

 その言葉が聞こえた瞬間、もうバケツから目が離せなくなっていた。そんなバケツは、今まさに地面へとぶつかると、ガンッと音を立て小さな火花が散った。その瞬間、その火花は倉庫に飛び交う粉に引火し、瞬時に辺りの粉へと燃え広がる。やがて、それは眩い閃光と共に大きな爆発を生み出した。

エクスプロージョン粉塵爆破!」



 その爆発は風船が破裂するかのように、倉庫を木っ端微塵に吹き飛ばす。建物の破片がそこら中に吹き飛び、倉庫は骨組みだけが残っているような状態で燃え上がっていた。

 いち早く倉庫から離れていたアンジェとネルは、その成り行きを目撃し、一瞬我を忘れかけた。しかし、その爆発に巻き込まれたであろうイリアの事が頭を過ぎると慌てて探し始める。


「イリアは? イリアはどこ?」

 辺りを探すと、爆風に巻き込まれたのだろう彼女は、倉庫から離れた所で目を回して倒れていた。

「イリアー!」

 その声に反応したようで、パタパタと手を振って返事をしていた。二人は慌てて駆け寄る。

「大丈夫? 怪我はない?」

「怪我は無いけど、転がって来たから目が回るわ」

 イリアの肩を支え立ち上がらせる。まだフラつくのか前に倒れ込みそうになっていた。

 しかし、その時――



「この……ガキ共め!」

 声のする方へ振り返ると、そこにはジャンドゥが立ち上がろうとしていた。しかし、その足はフラつき辛うじて立ち上がっている様にも見えた。

「もう容赦はしない……この距離から躱せるか?」

 三人とジャンドゥの距離は三メートルという近距離にあった。この距離から魔法を繰り出された時には、防御魔法も掛かっていない彼女達は一溜りもないだろう。

「……入った」

 そうはさせまいと、ネルは剣を構え踏み込もうとしたその時、隣から小声と共に一筋の影が横切る。

「まずは、散々虚仮にしてくれたお前から――」

 狙いをイリアに定めようとしたジャンドゥだが……


「なっ! いな――」

 ジャンドゥの視界からイリアの姿は消えていた。ふと、視界の端に何かを捉え、視線が下へと向く。それは、ジャンドゥ自身の意思によるものではなく、目が反射的に異物を捉えたのである。

「――いっ!」

 その視線の先にはイリアがいた。そう、三メートルも離れていた筈のイリアがそこに居たのだ。そして、左手を後ろへと引き絞り、力を溜めているように見えた。

「女神――」

 そうイリアは呟くと、引き絞った左手を、矢を放つかのように鼻と口の間の人中目掛けて打ち出した。

「掌底打!!」


 これは、彼女がこの世界に転移した際に得た、たった一つの天恵ギフト。瞬発的な動作が非常に速かったのだ。それに気付いた彼女は、これだけは念入りに訓練していた。その結果、三メートル以内という限定された距離を、最速で詰める事に成功したのだ。そして、そこから繰り出す攻撃こそが彼女の戦闘術であった。


 まともに掌底を受けたジャンドゥは、そのまま後ろへとドサリと音を立て、倒れ込んだ。そんなジャンドゥを見下しイリアは吐き捨てる。

「予言通り、一分で風に伏し無能な小娘如きに破れる気分はどう?」

 だがその言葉はジャンドゥには聞こえていなかった。その姿は白目を剥き、完全に意識を失っていたからだ。



「「えぇー!」」

 それは一瞬の出来事だった。あまりにも早く、あまりにも呆気なく、事が済んだのだから。

 少しの間を空けイリアも地面に倒れ込む。その姿を見ていた二人は慌ててイリアに駆け寄る。

「イリア! しっかりして!」

「凄い顔色悪いよ、どうしよう!」

 アンジェに頭を抱きかかえられ、ネルは慌てふためいていた。何せ、イリアは冷や汗をかき、手は震え、意識は朦朧としているのか視線が定まっていなかったからだ。

「ア……アンジェたん」

「イリア?」

 イリアは何とか言葉を紡ぎ出す。

「お……願いがある……の」

「何?」

「ポーチから……ラムネ……お菓子……食べさせて」

「えっ? お菓子?」

 ゆっくりと首を縦に振るイリア。突然お菓子をくれと言い出すイリアに困惑するアンジェだが、一応言われた通りにポーチから粒状のラムネのお菓子を取り出し、イリアの口へ含ませた。

「あ……あまい」

 そう言い残すと、イリアはそっと目を閉じた。





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