断章Ⅲ 最終段階へ
その日、診療所に一人の少女が訪れていた。
順番まで少女は待合室で本棚から本を手に取り、読みながら待っていた。定期的に行っている検診を受ける為である。
とは言っても、この魔法世界で検診となると、普通の検診というわけでは勿論ない。魔法世界においては、魔力による病というのもが多数存在しており、そういった事により病気になった患者が訪れるのがこの世界の診療所の役割となっているのだ。
暫し本を読んでいたら少女の名前が呼ばれ、本を閉じ本棚に戻すと中へと入って行った。
中へ入ると一人の男性が椅子に座って待っていた。彼は治癒術士で彼女の担当だ。言うなれば専門医という存在である。
「どうぞ」
その手に招かれ手前の席へと着く。
「お体のご加減は如何ですか?」
「はい、調子はいいと思います」
「それは結構です」
カルテに記録を取りながら話を続ける。
「最近何か変わった事などはありましたか?」
「そうですね……」
少女は少し考え込む。そして、何か心当たりがあったようで、その口を開いた。
「……そういえば、前回の課外実習で、魔法が使えました」
「ふむ……それは、普通に魔法が使えたという意味ですか?」
「はい、そうです」
「それは今もそうですか?」
「いえ、その実習の間だけでした」
「なるほど」
どうやら一時的なものであると理解したようだ。
「ところで、その後お体に異常などはありましたか?」
「体調に変化はありませんでしたが、少し暴走仕掛けてはいました」
「おっと、それはいけませんね」
それらの事柄も記録し、口を開いた。
「――ですと、以前からの症状が学園での活動を機に改善に向かって来ているのかもしれませんね。一時とはいえ魔法を普通に行使できたのがいい証拠です」
「そうですか」
「……ですが、安定していない以上、迂闊に魔法を使用しない方がいいでしょう」
「はい」
また暴走仕掛ける可能性があるので彼は釘を刺しておいた。
「まぁ、折角の切欠ですから、今後の経過観察を経てから少しずつ改善に向かって行きましょう」
そう言い終ると同時に記録を取り終えた。
「では、検査の方を行いますね」
「はい」
そう言い立ち上がると手を少女の前に翳し呪文を唱える。すると、結界のような障壁が少女を包み込みグルグルと回り始めた。
これは探査魔法の一種で、前記にも記した様な魔力による悪影響を受けていないかを探す為のものである。この魔法で調べられる事は、魔力の濃い所での作業による中毒症状や対象に掛けられた呪術などの類、意識の書き換えなどと様々である。
一見、簡単にしているようにも思えるが、実の所は高等魔法に属しており、相当な実力が無いと正確な事を知る事は出来ないのだ。
「……ふむ、なるほど。どうやら特に問題はないようですね」
一頻り調べ終わると、魔法を止め席に着いた。
「では、検診の方は以上になります」
「はい」
「後日改めて経過観察という事でお願いしますね」
「わかりました」
「では、お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
少女は一礼をすると部屋から出て行った。
少女が診療所を出ると、入口には腰に剣を携えた一人の少女が立っていた。どうやら、終わるのを待っていたようだ。
「終わった?」
「うん」
「どうだった?」
「特に問題無いみたいよ」
「そっかぁ、ならいいんだけど」
そう言うと、二人の少女は診療所を後にした。
背後にいる“影”の存在には気付かずに……
――その夜、某所にて。
昏い昏い部屋の中で“影”は口を開く。
「――そんな訳で、ディルムの一件で確実に薄れてきている事が判った」
「……そうか」
“影”の話す向こうは暗闇であるが、そこから声が返ってきた事により誰かがいる事はわかる。ただし、それがどういった人物……いや、そもそも人とも限らないか。どういう対象かは不明である故に、ここでは仮に“闇”とでも言っておこう。
「いよいよ計画とやらも大詰めに差し掛かってきたようだな」
「……まぁな」
“闇”は一呼吸置くと“影”に向かって一つの提案をする。
「……そうだな、もう一つ仕事をしてもらいたいのだが?」
「……なんだ? 面倒なのは断るぞ?」
「いや、そうでもないぞ?」
「ん?」
“影”は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「君には一つ、盛大な花火を打ち上げてもらいたい」
「花火だと?」
「王都に盛大な花火を打ち上げてもらいたいのだよ。好きだろう? そういうの」
「はっ! なるほどな」
その意味を理解した“影”はニヤリと口元を歪めていた。
「その序でに例の作業をやってもらえるだけで結構だ」
「まぁいいだろう」
「いよいよ計画を最終段階へと移行する」
“闇”の更なる奥からザッと音が鳴り響く。
「詳細は後日伝える」
「わかった」
「こちらの計画実行のあかつきには是非特等席にご招待するよ」
「期待しているぞ」
そう言い残すと“影”の気配は消えていった。どうやら立ち去ったようである。
また、“闇”の奥からも音がしなくなり、その部屋には“闇”だけが存在していた。
「……奴はどうにも頂けないが、優秀であるのは違いない故に、ここまで“協力”してもらっていたが……」
暗闇からギギギと気が軋むような音が響く。
「……例の作業が済めば用済みだ。舞台から降りてもらうとしようか」
それだけを言い残し、闇は気配を消した。そして部屋からは誰の気配もしなくなった。
小さな窓から差し込む月の光は部屋にある机を照らし出していた。
その机の上には様々な物があるが、その中で一枚の紙の端だけが光に照らされ、微かに文字が読める。
その一節にはこう記されていた。
『黄昏の聖櫃』と……
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