最終章 黄昏の聖櫃

第34話 隠れ家の出来事

 その日、俺はとある森の奥深くに兵を連れて来ていた。

 王都から少し離れた所にある大森林に入り早数時間、時折今どこを歩いているのか判らなくなりそうになる。下手すると遭難するかもしれない。森自体は大した作りになっている訳ではない。単純に木々が生い茂り森にまでなったという感じである。

 ただ問題なのは、この森の一部に方向感覚を鈍らせる結界が張られている事だ。誰がそんなものを張ったのか? きっとそれは、この森の奥に答えがあるに違いない。

「どうだ? 何か変化を感じたか?」

 俺は部下の術士に尋ねた。

「そうですね……」

 部下の術士は意識を集中し、探知魔法を唱えた。

「……む? これは……」

 暫くすると、術士は何かを感じたのか、ピクリと眉をひそめる。

「どうした? 何か見つけたか?」

「はい、広範囲に広がった結界の中心と思われる場所には、結界が掛けられておりませんので、恐らくはそこが目的地と思ってよさそうです」

「よし、そこを目指すぞ!」

 部下に指示を出し、森の探索を続行する。

 それから更に時間が経過し、遂に俺達は目的地へと辿り着くのであった。



「……あれか?」

 木の影からこっそりと様子を窺う。

 前方にはひっそりと小屋が佇んでいた。話に聞いていた、廃屋と言うには小奇麗にされており、外観はそれほど朽ちてはいない。

 その小屋を見つめながら、俺は話を思い出していた。



 ――魔法大会での事件以降のある日。

 俺は捕らえて地下の牢に入れているニグレドに会いに来ていた。

「今日こそ吐いてもらうぞ」

「仕事熱心な事だ」

 これまで、幾度も会いに来ては他の奴等の犯行目的を吐かせようとしたが、中々口を割らなかった。だが……

「その熱心さに免じて少しだけ話してやる」

 何故か、今日に限っては何故か黙秘せずに話始めるのであった。

「俺はとある森の廃屋で奴と定期的に合って、報告していたのだよ」

「何をだ?」

「なぁに、定期報告ってやつだよ? それに、私は奴の計画が面白そうだから手を貸してやっただけだ。具体的に何をするのかは知らん。どう聞かれようが答えられないぞ?」

「……」

 悪びれた素振りもなくニグレドは言い切った。その態度には嘘偽りといったものは一切感じなかった。

「場所はどこだ?」

「王都から少し離れた森のどこかだ」

「どこかだと?」

「あぁ、どこかだ。森に結界を張っているからな。奴がどう設定したのかなんて私が知る訳が無かろう?」

「チッ!」

 これもニグレドは偽っていないと感じ取れ、舌打ちをする。

「まぁ、精々頑張って探す事だな!」

 ニグレドの言葉に苛立ち、牢の柵に蹴りをかまして後にした。



 その事を思い出したらまた苛立ってきたので、木に拳を叩きつけた。

「罠は仕掛けられていないか?」

「はい、どうやら小屋に罠らしきものは感知出来ませんでした」

「わかった」

 俺は小屋の周りを包囲するように、部下達に手で指示を送った。

「内部に罠が仕掛けられている可能性はある。いつ来るか分からんからな、十分注意しろ!」

「はっ!」

 小屋への潜入班に指示をすると、ゆっくりと小屋の扉へ近づいていく。


 扉の横手に着くと、少しだけ扉を開き隙間を作る。

 一気に扉を開けたら突撃するから術士は魔法への対処を。他は物理的な罠への対処をすぐさま取る様に。

 ……そう、手で指示を出し、部下達がそれに頷くと、扉を勢い良く開き中へと侵入するのだった。



 小屋の中へと入ると、すぐさま術士は魔法への対処を、他は物理的な罠への対処へと移行する。

 俺は内部の状況を把握する為に部屋中を素早く見渡した。部屋は閑散としており、静まり返っていた。

 暫く部屋を観察したら部下達へと視線を向ける。すると、部下達は静かに首を振った。どうやら、突発的に発動するような罠は仕掛けられていなかったようだ。

「……よし」

 俺は軽く溜息を吐いた。

「各自手がかりとなりそうな物を見つけるんだ!」

「はっ!」

 一つ敬礼をすると、各自部屋の探索へと向かう。

「触れた瞬間発動する、ブービートラップなんかにも気を付けろよ!」

 指示を出しつつ自身も部屋を探索して回った。



 暫く部屋を探していると、部下の一人が声を上げた。

「殿下!」

「どうした?」

「こちらを……」

 部下から一つの書記を手渡された。

「……ふむ、日記か何かか?」

 パラパラと軽く捲ると、日付や文章が見えたので、ふとそう感じた。

 取り敢えず適当に開いた頁から読み始めた。


 王国歴3450年 〇月×日

 今日私は先祖の遺産を手に入れた。これがあれば我らが悲願、今こそ……


 王国歴3450年 △月□日

 今日は面白い物を見つけた。これは優れものだ。十分に素質はあるだろう。贄にしようと思ったが“依代”に変更する。


 王国歴3450年 ×月〇日

今日は“依代”が魔法を使った。まさかの最上級ときたもんだ。これで素質は十分なのは確証された。だが、このままでは自滅する。それは困るので、一旦封じておいた。十分に育ち切ってからの方がいいだろう。肝心な物が見つかっていない今、まだ焦る時ではない。



「これは……」

 読めば読むほど不穏さしか感じない内容であった。

 よく見れば、これは十年前の日付となっている。

「殿下! こちらにも怪しい資料が!」

 別の部下が持ってきた資料に目を通す。

「霊脈点……流れ……」

 資料に目を通していると、紙が重なっている事に気付く。重なっていた紙を剥がして読んで見るとこう書かれていた。


 其れは、地の底に眠りし櫃

 古より封じられし神の聖櫃

 彼の地にて、水の底、地の底に其れは眠りに着く

 聖王の証にて封印は解かれ、再び御身は姿を現すだろう

 願わくば、後世に生きる者よ、我らが悲願を果たさんとする事を祈る


「……なんだ、これは」

 神だの聖櫃だのと色々書かれているが、何よりも目を引いたのは“聖王の証”という文脈であった。

「そういや、確か……」

 思い当たる節があり、少し考え込んでみた。すると、考えれば考える程嫌な予感が思い浮かんでくる。

「なんだ……この感じ……」

 ドロドロとした何かを感じ取ったシグルドは眉をひそめる。

「一旦戻って親父に聞くか……」

 そう思い、他にもあった資料を手に取ると、シグルドは踵を返す。

「俺は一旦戻る! この資料は親父にも見せるから預かるぜ! 他にも何か見つけたら魔法で連絡をくれ!」

 それだけを言い残し、シグルドは急いで王都へと帰還するのであった。




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